覚悟の向こう側
思えば僕は、中途半端だった。
別に僕のせいじゃないと思うけど、とにかく認識も覚悟も何もかもが
半端だった。これに関しては正直、ちょっと家族に恨み事を言いたい。
いや、実際にこんな事になるなんて思わないじゃないか。
交通事故に遭って死んで。
異世界の赤ん坊に転生するなんて。
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正直、絶望した。
死んだ事も異世界に転生した事も、そして赤ん坊になった事も。
思春期真っ只中だった僕にとって、あまりにも重過ぎる出来事だった。
もう一回死にたいと思った。
だけど、それだけは出来なかった。物理的に不可能って意味じゃなく、
フレドくんのために。
手違いの結果、僕の中には二人分の魂が存在する事になってしまった。
本来の赤ん坊の魂がフレドくんだ。彼は正真正銘の乳児。話す事などは
できず、意思疎通もままならない。当たり前だ。おかしいのは僕だ。
自殺は、そのまま他殺を意味する。死ねばフレドくんも殺す事になる。
とてもじゃないけど、それは無理。良心が耐えられません。
僕は、まさに八方塞がりだった。
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だけど、異世界は実に不思議だ。
天恵に神託師。そして恵神ローナ。世界のルールもさることながら、
この喫茶店はどう見てもおかしい。すんごい雑な、世界の特異点だ。
だからこそ、僕という存在はかなり早い段階で「認識」してもらえた。
…何と言うか、気分的に救われた。少なくとも、自分の境遇を知ってる
人がいるのはかなりの救いだった。正直言って、あのまま成長するのは
精神的に無理だと思っていたから。
そして、まさかのタカネさん降臨。
無茶苦茶な方法で僕の異世界転生について来たタカネさんの存在が、
大きな道標になってくれた。
僕も、それなりにラノベは読んだ。好きな作品だって何作もある。
ミロスさんの作品は特にしっかりと読み込んだ。何と言うか、世界観の
ディテールが段違いだったから。
その知識で言えば、転生した僕には「この世界で成長してチート無双」
という選択肢しかなかったはずだ。だけど現実は何もかも違っていた。
僕に、チート能力なんかなかった。本当にただ転生したってだけだ。
そしてみんなは、元の世界への帰還方法を入手すると言い出した。
僕が本当に望むなら、全力でそれを捜し出してみせると。
迷う事じゃないけど、迷った。
何と言うか、申し訳ないって思いも確かにあったからだ。
色々と事情は聴いていた。帰還には【偉大なる架け橋】という天恵が、
絶対に必要だという事も。そして、それを有するネイル・コールデンが
どれほど面倒で危険な人なのかも。正直、僕のためだけに挑むにしては
重過ぎるミッションじゃないかと。
「気にしなくていいって。」
だけどローナさんもタカネさんも、トランさんも笑ってそう言った。
どうしてそこまでしてくれるのか、その時の僕には分からなかった。
そうして、キッチンカーは発った。
間違いなく、この僕のために。
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お母さんも伯母さんも、僕に対してあまりにも中途半端だった。
過去の顛末を、より具体的に話してくれたのはやっぱりミロスさんだ。
伯母さんが若い頃に異世界転生した事とか、普通に話してくれたっけ。
だけど悲しいかな、あの人はプロのラノベ作家だ。
普通に話していても、虚実の区別がつかなくなってしまう。だからか、
今ひとつ本気で聴けなかった。
本気で聴いておけばよかったなと、転生後の絶望の中で何度も思った。
だけど、タカネさんが現れた。
ボディガードとして、ぬいぐるみの分体がずっと一緒にいてくれた。
恐ろしく今さらながら、タカネさんが規格外な存在だと思い知った。
トランさんたちを待っている間に、枕もとでずっと話してくれていた。
伯母さんが転生した世界。そして、その世界に存在した荒野拓美さん。
僕のいとこの拓美ちゃんとは違う、タカネさんのかつてのパートナー。
どんな旅の末に僕の世界に来たか、何もかも包み隠さず話してくれた。
今の僕が、かつての伯母さんと同じ運命に向き合っている事も知った。
おそらく、あの時よりも僕の試練はハードになるだろうという事も。
タカネさんは、何も包み隠さない。
僕が怖がろうと委縮しようと、変に遠慮したりしない。容赦がない。
だからこそ僕は、トランさんたちが帰って来るまでに覚悟を固めた。
厳しい試練になるのは承知の上で、それでも挑む心構えが出来ていた。
「何で僕が」という思いは、今日に至るまでずっと胸の中にある。
異世界転生としてもイレギュラーな事例だと思えば、当然の事だろう。
何もかも受け入れられるほど、僕は悟りの境地には達していない。
何たってまだ15歳なんだから。
だけど、もう恨み事は言わない。
かつて伯母さんを「死の運命」から救ったタカネさんを信じるだけだ。
もし上手くいかなかったとしても、それで誰かを責めたりもしない。
僕なんかのために、ここまで苦労を選んでくれる人がいるんだから。
どんな結果になろうと、僕は生きて自分の人生を全うする。
帰る事が出来たなら、ミロスさんにお礼を言いに行かなくちゃ。
伯母さんともいろいろ話したいし。
そうだ。
絶望なんてもう、とうに忘れたよ。
何もできない僕だけど、少なくともフレドくんにはお母さんを返せる。
ずっと横取りしていたディナさんの愛を、彼に返す事ができる。
そうだ。
僕の名前は荒野友樹。
荒れ野に友と樹を植える。そんな、素敵な名前を持つ人間だ。
だからこそ、絶対元の世界に帰る。ここでお世話になった人たちの、
素敵な思い出を土産話に。
そうだ。
その話を妄想ではなく、事実として聴いてくれる家族が向こうにいる。
見えない未来に、家族の悲しい涙は絶対にいらない。流させない。
だから僕は、絶対に帰るんだ。
よおし。
とくと見ろ。
中途半端じゃない。
これが、僕の覚悟だ!!




