一度きりの挑戦
いくら何でも、チートが過ぎる。
何度も思ったけど、あえて口にする気にはならなかった。今さらだし。
心拍だ脳波だ血圧だと、どう見てもオーバーテクノロジーっぽい表示が
どんどん増えていく。言われるままそれを引っ張り出してるネミルも、
完全に開き直っている。おそらく、今この瞬間だけ俺の店は遠い未来の
病院みたいになってるんだろう。
何だかなあ、本当に。
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「あっ!」
何かに気付いたらしいポーニーが、せかせかと早足で入口に向かう。
目を向けてみれば、ドアの向こうに怪訝そうなニロアナさんがいた。
チリリン。
「あれ、今日お休み?」
「ええ、ちょっと臨時で。」
「なあに?」
明らかに挙動不審なポーニーの顔をじっと見つめつつ、ニロアナさんが
ニッと笑って告げる。
「変な事やろうとしてる?」
「いえいえ、滅相もない!」
「ならいいけどねー。」
意味ありげな視線を向けられ、俺はとりあえず曖昧に会釈しておいた。
この人が天恵宣告に興味を持たないのは、本当に助かると思いながら。
「今日は終日?」
「その予定です。すみません。」
「なら、終日って書いて貼り出した方がいいよ。」
「あっ、そうですね確かに。ご指摘ありがとうございます。」
「んじゃ、また明日来るからね。」
「お待ちしてまーす!」
それ以上何も言わず、ニロアナさんは手を振って帰っていった。
身を硬くしていた俺は、そこで息をついて座り直す。
そう。
オラクレールの日常は続いている。昨日と同じように、そして明日も。
今日が特別であったとしても、俺もネミルも変わらない。変わる事は
許されないだろう。
だからこそ、失敗も許されない。
ローナがやっている医療的確認も、決して過剰なものじゃないだろう。
恐らく二度とないこの難しい試練に対し、真っ向から挑んでるだけだ。
頼むぜ、本当に。
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「…よおし。」
ようやく納得したらしいローナが、トモキに視線を向けた。もちろん、
今の彼は会話が出来るように専用のガジェットを装着している。
「心肺停止のタイミングをしっかり確認した。この瞬間に魂がこっちに
転移するのも間違いない。」
『つまり、その直後にこの僕が体に戻るって事なんですよね。』
「そう。」
『…………分かりました。』
さすがに、トモキの声は固かった。もし事故の瞬間を憶えているなら、
本人にとっては耐え難いトラウマになっているだろう。そこにあえて、
もう一度飛び込もう…というのだ。怖くない方がどうかしている。
『肉体の損傷も完全に把握した。』
パソコンからタカネの声が響く。
『最低限どこを治療すればいいか、シミュレーションも完了してる。』
『ありがとうございます。』
言い方が固いけど、トモキらしい。そう思える程度には親しくなった。
そんな事を考えると、今さらながら名残惜しくなってしまう。
だけど、今ここでそんな気持ちなど言葉にすべきじゃない。
トモキは、気楽な里帰りをするってわけじゃない。語弊があるけれど、
命がけの挑戦に臨むんだ。ならば、迷いを生む事を言うべきじゃない。
俺たちはただひたすら、無事に事が運ぶのを祈るだけだ。それこそが、
トモキの友だちとしての務めだ。
俺たちも苦労したけど。
トモキだって、転生した後の日々は決して楽じゃなかっただろう。
不安の中で、それでもフレドの魂をずっと守り育ててくれていたんだ。
短い間ではあったけれど、トモキは間違いなく俺たちの友だちであり、
そして家族だった。
ネミルたちがどう思うか、今それを訊いたりするのは違うだろう。
こればかりは、俺たちが自分の心に問い、そして割り切るべき問題だ。
うまくいった時にこそ、俺は自分の気持ちを口に出せばいい。
「名残り惜しかった」と、過去形で言えばいいだけだ。
ひねくれてるよなぁ、我ながら。
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「…よし。」
キーボードから手を離したローナの声は、今までになく重々しかった。
「やれる事は全部やった。もう後は本番に臨むだけ。」
「いよいよか。」
覗き込んだ画面には、事故の瞬間が静止画像になって映っている。
何度も見た画面だけど、慣れない。過去の現実と思うと、なおさらだ。
「何度も言ってるけど、異世界ならこうして何度も見直す事ができる。
それが恵神としてのあたしの力。」
己に言い聞かせているかのように、ローナは低い声で粛々と告げる。
「だけど、事を起こせばもうそれは出来なくなる。」
『向こうの世界の歴史に、本格的に介入する事になるからでしょ。』
「その通り。」
タカネからの言葉に答える声にも、いつになく重みが込められていた。
「【偉大なる架け橋】で繋いだその瞬間、二つの世界の歴史も繋がる。
トモキにとっての過去は「現在」になり、そのまま過ぎていく。」
「………………」
しばしの間、俺もネミルも誰も口を開かなかった。
ローナの放った言葉を、現実としてしっかり受け止めるために。
そうだ。
何度も繰り返し見たせいで、何だか作りごとのように感じていたけど。
この事故はフィクションじゃない。実際に起こった事である。そして、
今から実際に「起こる」事になる。過去は現在に、そして未来になる。
考えれば考えるほど、途方もない。俺なんかには理解し切れない話だ。
現実と虚構の隙間に立っているかのような、圧倒的な不条理である。
これに比べりゃ、誰の天恵も大した代物じゃないと思えてしまうな。
今さらながら、ちょっと怖くなる。当事者でもないのに情けない限り。
だけど、それでも…
『じゃあ、お願いします。』
そう言ったのは、トモキだった。
そうだよな。
そうこなくっちゃな。
自分で決めたから、自分で始まりを告げる。さすがはトモキだ。
頼むぜローナ。
頼むぜタカネ。
頼むぜネミル。
気合いを見せろよ、荒野友樹!!




