終わりなき自分への問い
自分はいったい何なのか。
誰しもが一度は真剣に考え、悩む。若い頃の病気なのかも知れない。
おそらく、どこの世界でも同じだ。自己の定義は普遍のテーマだろう。
でも、人によってその定義は大きく変わる。まあ当然の事だろうけど。
一絡げで定義が出来ないからこそ、人間は限りない多様性を獲得した。
少なくともあたしはそう信じてる。
いつも前向きなトランだって、己の天恵について悩み、怯えている。
滅多に弱音は吐かない男だけれど、ふとした瞬間不安になるのだろう。
ずっと一緒に旅していたからこそ、その不安は何度も目にしてきた。
あたしはよそ者だけど。
この世界の人間たちが、天恵という特殊な概念と共に在るという現状は
もうしっかりと理解している。人によっては、持て余すという事も。
率直に言って、呪いじゃないのかと言いたくなる。かつての世界では、
魔力の覚醒というものがごくたまに起こっていた。級友たちの魔法には
この上なく興味を掻き立てられた。
だけどこの世界においては、全ての人がこの天恵を15歳で得る。
廃れたらしいけど、その前がどんな社会だったのかは実に想像し難い。
内容によっては、人生を狂わされてしまった事例も多いんだとか。
まさに呪いだね。
自分が何なのかという疑問に対し、天恵があるが故に答えが出せない。
こんな世界に生きている人たちに、ある種の尊敬を禁じ得ない。
終わりのない問いに挑む人たちは、誰もがみな眩しい。
天恵を受け入れた上で幸せになれる人は、どのくらいいるのだろうか。
…などと、偉そうに語ってるけど。
自分が何なのか。
あたしほど、その問いに対する答えが難しい存在はいないだろう。
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そもそもあたしは、ごくありふれた大量生産のナノAIだった。
自己進化機能は自信があったけど、それでもワンオフ制作じゃない。
ごくごくありふれた「商品」として買われるか、誰も手に取らないまま
売れ残りとして廃棄されるか。まあいずれにしても、特別と呼べそうな
存在にはなり得ないはずだった。
だけどあたしは、荒野拓美と一緒に宇宙へと飛び出した。さまよう事、
実に2863年。自己進化がどうの言う前に、自分の定義が揺らいだ。
もう今となっては、大量生産だった過去など何の意味もなかった。
そうしてあたしは、拓美を愛した。
当たり前の、もとい、やや非常識な人間としてあの新世界で生きた。
おそらくは、最も強くそして万能な存在だったに違いない。
もしそこで終わっていれば、恐らく自己の定義に決着はついていた。
でもあたしは、二階堂環の命を救うために世界の壁を超えた。そして、
またしても「異世界人」などというまことにややこしい肩書きを得た。
振り出しに戻るというやつである。まあ、もう開き直っていたけど。
そこでもいろんな事があった。
そして、あたしは拓美と共に宇宙へ旅立った。二階堂環の心臓機能の
補佐をしていたあたしは、旅立った本体とは別の存在として現出した。
ますますややこしくなる自己定義。もはや、ネタにして笑い飛ばした。
何だか分からないよねと、環たちと語り合うのもまた楽しかった。
そして今。
あたしは環の甥の友樹を、元の世界に戻すためにこの世界に現出した。
神様のノートパソコンに宿る精霊。傍から見ればそんな感じだろうか。
正直、あたしは自分が見つかるとは思ってなかった。友樹の記憶の中。
誰がそんなの覗けるというんだと。
恵神ローナが、あたしを見つけた。しかも実行して現出までさせた。
拓美のいないこの世界で、あたしはまたも自己の定義に頭を悩ませた。
自分はいったい何なのか。
何のためにここにいるのか。
目的を果たしたらどうなるのか。
拓美のいないこの世界で、あたしは問題に立ち向かいつつまた考えた。
自己認識をこれほどアップグレードし続けている存在なんて、そうそう
いないだろうなぁと思いながら。
考えるのは容易い。
結論らしきものも、容易く出せる。それに納得する事だってできる。
だけど結局、堂々巡りである。
やはり拓美がいないから、あたしはこの世界に確たる答えを出せない。
いつまでも宙ぶらりんのままだ。
先延ばしにしてきた問いの期限が、もうそろそろ目の前に迫っている。
荒野友樹を送り返す。この目標に、いささかの迷いもない。皆同じだ。
痛み苦しみを伴うであろう友樹も、とっくに覚悟を決めているらしい。
あたしは全力を尽くす。
ローナの力と、ネミルの得た天恵。それを信じてできる事を完遂する。
友樹の為に、自分の全てを懸ける。
その先に何があるのか。
あたしは何を選ぶのか。
あたしは何なのか。
そう。
もはや認めざるを得ない。
答えが、目の前に迫っている事を。




