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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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錬金術師の憂鬱・10

思った通りに行かない、か。


ここしばらくの間、本当にそんな事ばかりだったような気がするな。

ネミルに天恵を見てもらってから、ずうっと思い通りに行かなかった。


だけど今、あらためて振り返れば。

思い通りに行かないあれやこれやもまた、楽しかったように思える。

自分は「創る人間」なんだという、当たり前の事実も再確認できた。


さて、じゃあ最後の問題だ。


未完成だと明言してしまった以上、何が何でも完成させる必要がある。

と言っても、当初の予定通り純金にしてしまうと、別の問題が生じる。

なら、どうしたもんか。

ええっと…


「あっ。」

「?」


不意に、覚えのある声が聞こえた。

反射的に振り返った俺の目に映ったのは、やはり覚えのある人だった。


「…ホルナさん?」

「こんにちはジェレムさん!」



それはあの画材屋の店員、ホルナ・クルセスその人だった。


================================


「よく家が分かりましたね。」

「ええ。…お店の先輩に訊いたら、大体このあたりだと仰いまして。」

「ああ、なるほど。」


不揃いなカップでコーヒーを出し、俺は小さく頷いた。

家の中が散らかっているのはもう、開き直るしかない。こういうお客の

来訪など、想定していないから。


「あれが例の粘土なんですね。」

「ええ、まあ。」


窓から外を窺うホルナさんの言葉に対し、どう答えればいいか迷った。

さっきのおばさん然り、何とも返答しづらいシチュエーションが続く。


「…お仕事は金物修理と伺いましたけど、あれもお売りに?」

「ちょっと他の事もやってみようかと考えまして。手探りですけど。」

「へえー…」


感心する彼女の横顔を見ていると、何だか動揺も収まった気がする。

突然訪ねて来たのは大いに驚いた。けど、別に不都合などは何もない。

もう少し前なら、金貨の偽造というまずい作業を見られていただろう。

さすがに言い逃れはできなかった。下手すれば人生が終わっていた。


しかし今やっている事は、現時点に限って言えばまっとうな創作だ。

売り物にしたいのも嘘じゃないし、実際にひとつ売れた実績すらある。

嘘で取り繕わなくても、堂々と…


「フフッ。」

「え、どうかしました?」

「いや、何でもありません。」


思わず笑ってしまった。


嘘で取り繕うとか、何を言ってんだ俺は一体全体。

何だかんだと理屈をこね回しても、やましい事をしていたのは事実だ。

天恵を得た事で、危うく何かを失うところだったのかも知れない。



まったく何をやってんだ、俺は。


================================


「それで今日は、どんなご用で?」

「あっ、はい!」


俺からの問いに答え、ホルナさんはあたふたと鞄を探る。そして中から

取り出したのは、小さな袋だった。


「ちょっと見て頂きたくて。」

「何でしょうか?」

「以前に頂いたものです。」

「え?」


いまいち話の読めない俺にちょっと笑いかけ、ホルナさんはその袋から

何かを取り出して俺に見せた。


「え…これって…」


見覚えがある。

しかし、決定的に違っている。


「いたずらチェルシャの硬貨です。…彩色してみたんですけど。」

「凄いですね。」


考える前にその言葉が口をついた。


確かに俺の作ったあのネコ硬貨だ。そっけない淡色だったはずのそれは

細かい彩色が施され、チェルシャは今にも動き出しそうな立体感を得て

こちらをじっと見つめていた。


「…これ、全てホルナさんが?」

「ええ。実はあたし、こういう彩色をお仕事にしたいと思ってまして。

美術の学校には行けなかったので、独学で腕を磨いてたんです。」

「なるほど…それであの店で…」

「そういう事です。」


確かにあの店で働けば、画材も安く手に入れられるだろう。合理的だ。

しかし独学でここまでやるとは…


「…ちゃんと耐水のコーティングもしてるんですね。」

「そのあたりはホラ、お店の先輩に色々と教えてもらいましたから。」


ちょっと誇らしげにそう言いつつ、ホルナさんは袋からもう一つ何かを

取り出した。予想通りブローチだ。前回、俺が渡した習作だった。

独特の立体感を持つ彩色が、何とも不思議な雰囲気を醸し出している。


しばしの沈黙があった。

俺もホルナさんも、言い出す機会を探り合っているような感じだった。


そして。


「「あのう。」」


声を上げたのは同時だった。


「あっ、どぞ。」

「俺を手伝ってもらえませんか。」

「えっ」


迷いなくそう言い切った後で、俺は己の傲慢を察した。そうじゃない。

そういう言い方じゃないんだよ。


「いや違う。」

「は、はい?」


「俺と一緒に、新しいものを創ってみませんか。」


そうだ。

そう言わなきゃ駄目だろうが、俺。

天恵を得たからって、自惚れるな。自分がまだまだって事を悟れ。

まだまだだからこそ見えるものを、決して見失うな。


そうだ。

俺はここしばらくの試行錯誤の中、確かに救いを見出していたんだ。

目の前のこの人の、大きな笑顔に。


そうだ。



それこそが、俺の天恵だったんだ。

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