アニマルトラップ
好きこのんで、こんな事に加担したわけじゃない。
「末子相続」という呪いに抗えず、俺は神託師になるしかなかった。
名ばかりは恥であるとか言われて、天恵の宣告が出来るようになるまで
とことんしごかれた。正直言って、いい思い出なんか何にもない。
今の時代に、何の希望があるんだ。神託師なんてのは、なりたくない
職業のトップに君臨するだろう。
案の定、副業がないととても生きていけない現実が立ちはだかった。
仕事として天恵の宣告をしたのは、わずかに二回だけ。それも、代金に
散々文句を言われた挙句に、こんな天恵いらないという捨て台詞付き。
ネラン石で殴ろうかと思った。
俺に言うんじゃねえよ。
好きでやってるんじゃねえんだよ。
天恵って何なんだよ。
神託師は宣告を受けるべからずって理屈は、誰が決めたんだよ。
どこを向いても腹が立つ事ばかり。いい加減、嫌になっていた。
だからこそ、神託師が稼げるという聖都グレニカンに来たのである。
しかし、良かったのはほんの2カ月ほどだった。来たのが遅かったのも
理由のひとつだけど、情勢は絶えず変わる。グレニカンは混沌を深め、
集った神託師たちも意見の相違から派閥を作り、対立を深めた。
どうしてこんな事になったんだと、俺は何度も自問した。もちろん、
答えなど出ない。そうこうする間に対立は極まり、一線を超えた。
死人が出なかったのは不幸中の幸いだろう。馬鹿な衝突をしているのも
一部の神託師に過ぎない。だけど、もはや時間が解決してくれるような
情勢ではなくなってしまった。
その結果がコレである。
美術館を襲撃し、そこにいた人間を拉致。要するに、相手の名を騙って
目立つ犯罪を犯す…という愚策だ。誰の目から見ても馬鹿げているのは
明らかだ。もちろん、俺も同じだ。
じゃあ、何で参加したのかって?
知るかよ。
今さら訊かれても答えられるか。
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何をやってるんだろうな、俺たち。
神託師という肩書きを持ちながら、やってる事はただのテロリストだ。
どこまでも不毛が極まっている。
計画を練っている間は、妙な高揚があった。俺たちこそが本流だという
万能感を抱いていた事実も認める。大きな事をやってやろうぜと集った
連中は、みんな俺くらいの歳だったように思う。
本当に何やってるんだ、俺たちは。
もしも他の街でこんな事をやれば、たちまち重罪人だ。いやそもそも、
他の街でならこんな事は考えない。そこまで俺たちは血に飢えてない。
結局、そういう事なんだろうな。
あまりにも情勢が安定しないから、聖都では行動を起こした者こそが
正義と捉えられる。もはやこれは、熱病に近い現象じゃないだろうか。
こんな風に熱気に当てられた結果、取り返しのつかない事に発展する。
不意に背筋が寒くなった。
今になって、歴史の中の暴挙というものが、少しだけ理解できたから。
こんな些細なきっかけが、いつしか大きな災禍に繋がるんじゃないか。
いいのか本当に。俺はこんな形で、歴史に名を残していいのか?
「…知るかよ。」
吐き捨てるように言った言葉には、今の俺の全てが詰まっていた。
どっちみち、俺一人が翻意したってどうにもならない。だったらもう、
このまま突っ走って勝ちを拾うしかない。それ以外は破滅しかない。
やったもん勝ち。それが聖都だ。
今さら迷ってたまるか!
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「………………?」
どうにか、自分の中で納得でき得る理屈をひねり出した刹那。
視界の端を何かが素早く通過した。
「何だ?」
そちらを見ようと視線を向ける間もなく、別の影が廊下を走り抜ける。
今度はしっかり見た。
黒いネズミだ。しかも割とでかい。それが目の前の廊下を走っている。
一定の間隔を開けて何匹も。何だか妙に統率が取れているその動きに、
明らかな思惟を感じ取った。
何だよあれは。どこから来たんだ。そして、どこへ行こうとしている。
足音を立てないように廊下近くまで移動し、走り抜けるタイミングを
見計らう。そして次に来る個体を…
「うん?」
偶然なのか、狙っていたのか。
次に来たネズミの背中には、何だか妙なものが乗っていた。明らかに、
生物じゃない。むしろぬいぐるみに近い質感とデザインの何かが…
目の前が白くかすんだのと同時に、全ての物音が急速に遠くなった。
元々前のめりだった体が重くなり、バランスを崩して前向きに倒れる。
意識を失う直前。
目の前に床には、戻って来たらしいネズミがぎっちりと集まっていた。
そのまま倒れ込む俺を受け止める。
音を立てないようにって事なのか。
奇妙な納得を最後に、意識は完全に途絶する。
何だか、俺はホッとしていた。
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よおし、見張りはコイツだけね。
凄いわね。
あんな数のネズミを、自在に操ってみせるとは。
小さいのなら、多分もっと多くてもいけると思うよ。まあ、慣れだね。
天恵ってのはそういうもんよ。
なるほどね。
それより、あの白い煙は何なの?
ヨドミタケの粉末粒子。
吸えば一発で爆睡するって代物よ。
何気にヤバい天恵ね。
ああうん。
…まあ、天恵と言えなくもないか。
違うの?
そこは話すと長いんで。
あ、そう。じゃあ訊かない。
…それにしても、喋る鳥の次は動くぬいぐるみと来ましたか。
あげくの果てに催眠性の煙の生成。何でもござれって感じねえ。
まあ、これも慣れかもね。
いろいろやってきたもんだから。
そっちはいずれ訊きたいわね。
この片が付いたら。
いいよ。
んじゃまあ、とりあえず行こう。
このくだらない騒ぎを、終わらせるのが第一。
そうね。
もう、すべき事は見失わない。




