当たり前の何か
これを拍子抜けと形容すべきか。
【偉大なるゆりかご】という天恵の持ち主は、ただの記者だった。
仰々しい天恵名に委縮した自分が、限りなくバカに思えてくる。
人質は展示室に監禁。やる事は実に雑だけど、どうにもならない状況は
いささかも変わりない。俺の天恵もミクエの天恵も、ここから脱出する
手段にはなり得ない。名乗り出ないという事は、相応の天恵の持ち主は
ここにいないと考えるべきだろう。
仮に俺が【鑑定眼】で見て、状況の打開に使えそうな天恵を見つけるに
至ったとする。じゃあその後、何をどうすればいい?
俺は天恵の内容を見る事ができる。だけど見て本人に教えたとしても、
覚醒は起こらない。神託師が正式な宣告を行わない限り、誰の天恵も
覚醒にまでは至らないという事だ。そこが俺の限界でもある。
もどかしいとか残酷とかいう表現はいささか厚かましい。そもそもの話
襲撃犯自体が神託師という状況は、それだけでかなり無茶苦茶である。
勢い余って残虐行為に走っていないだけでも、幸運なのかも知れない。
本当に、打開策のない状況である。外がどうなってるのか、窓の位置も
高くて覗けない。あれほどの兵器や兵士をあごで使っていた俺にしては
情けない話だ。
結局のところ、こういった原始的なシチュエーションで詰んでしまう。
俺なんてそんなもんだ。いたずらに卑屈になるなと言いたいけれど、
この状況では仕方ない。
グダグダの監禁の只中で、その女は俺たちに声をかけてきていた。
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大声では話さない。それはおそらくミクエに対する配慮なのだろう。
ロナモロス教がどんな事をしている団体であるかを鑑みて、いたずらに
彼女の立場を晒さないための。
あくまでも何気ない会話の形式で、「ディナ」と名乗ったその記者は
ミクエから話を聞いていた。正直、自分が監禁されているという事実を
忘れてるんじゃないのかと思った。家族が一緒だという事さえも。
だけど、俺は特に抗議しなかった。もちろん、偉そうにあれこれ言える
立場じゃなくなったってのは事実。ここで記者を相手に凄んだところで
後ろ盾はもう失われている。今さら何が出来るってんだ。だから俺は、
傍らでディナの子供の相手をした。いささか心許ない、父親と一緒に。
何をやってるんだかなあ、俺は。
こんな雑なピンチに陥ってる中で、何が悲しくて子守りをしてんだか。
ロナモロス教で幹部まで務めていた俺が、ずいぶん落ちぶれたもんだ。
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いや
違うな。
これを落ちぶれたと形容するのは、何かが決定的にズレてる気がする。
そもそもの話、ロナモロスにいた時の俺にどんな威厳があったんだよ。
確かに俺は、多くの事を成した。
武力拡大も魔鎧屍兵の量産も、この俺の協力あってこその快挙だろう。
だけど当の俺は、何をしてたんだ。いったい何を生み出していたんだ。
思い返すほどに、蘇るのは悔恨だ。オトノの街でマイヤール親子に声を
かけられてから、俺は間違いばかり犯してきたようにしか思えない。
特異であったが故に、ネイルは俺の天恵を実に重用した。天恵宣告の
最大のリスクを回避できるという、何者にも代えがたい能力をな。
確かに凄いよ、俺の天恵は。
だけど、それを宿した俺はどうだ。
まともな友人も持たず、結婚などは考えた事もない。家庭を持つという
古臭い価値観さえ抱けずに今日まで生きている。
いや、本当に何だこの感覚は。
目の前でミクエとひそひそと話す、このディナという女。正直言って、
下世話な人間だ。どこにでもいる、本当に当たり前の人間の一人。
夫や子供と一緒に災難に巻き込まれながらも、自分のやるべき事に
邁進している。俺が見た限り、夫も子供も呆れ顔で笑っているだけだ。
【偉大なるゆりかご】。
おそらく、俺だけが気付いているであろうディナの天恵である。
ネイルの天恵にあまりに似ていて、正直かなり身構えてしまっていた。
だけど、当人はどこまでも「普通」のバイタリティ溢れる女性だ。
ネイルを比較対象にするのが滑稽に思えるくらい、普通の人間だ。
ああそうか。
もしかすると俺は今、嬉しいのか。目の前のディナの生き様を知って。
本人が意識もしていない在り方に、妙な救いを見たんだろうか。多分、
そうなんだろうな。
うん、絶対にそうだ。
「…大丈夫ですか?」
「え?…ああハイ。すみません。」
心配げな夫のドッチェ氏の言葉で、自分が泣いている事に気付いた。
ディナもミクエも気付いていない。いやはや、見られなくてよかった。
何だかなあ、俺。
こんな事で感動してる図々しさが、かえって清々しいと言うべきか。
俺は、ネイルに毒され過ぎたんだ。
ゲイズにもエフトポにも、あるいはカイにさえ毒されていたんだ。
特異な天恵を持つ人間が、そうした力に見合う狂気をはらんでいった。
ロナモロス教とは、確かにそういう狂信を育てる集団だったんだろう。
それもまた、恵神ローナが授けた力の在り方だったのかも知れない。
だけど俺は、馴染めなかったんだ。そう、おそらく最後の最後まで。
こんな特異な天恵を持ったが故に、あいつらと同じである事が当然だと
思い込んでいた。いや思い込もうとしていた。ずっと頑張っていた。
その果てに嫌になった。
天恵って何だ。その問いにはっきり答えられる人間なんて存在しない。
呪いだという者も恵みだという者もいる。どっちも間違ってはいない。
俺だってはっきりと断言できない。天恵ってそんなもんだ。
だけど今、ハッキリ思う。
どんな天恵を持っていようと、別に普通の人間でいればいいだろうと。
大き過ぎる野望に振り回されたり、暴力に浸って狂ってしまったり。
きっかけが天恵であったとしても、それはあまりにも馬鹿げている。
もっと普通でいればいい。得た力は得た力として、それに呑まれるな。
当たり前過ぎるその理屈が、不意に俺の心にすとんと収まった気分だ。
鼻息荒くひそひそ話す目の前の女の姿には、そんな当たり前が似合う。
何で今さら。
どうしてこのタイミングで。
そんな考えは、すぐに消え去った。
今さらでも何でもいいだろうが。
やり直せる気がしたんだから。
だから。
頼むぜウルスケス。
当たり前の未来を、あらためて共に見据えるために。
どうか俺たちを、助けてくれ。




