ついてないオレグスト
ここまでのトラブルは久し振りだ。
思い返せば、最近は生ぬるい日々に甘んじていたような気がする。
【鑑定眼】という天恵を得た俺は、ひねくれた生き方をしていたなぁと
自分でも思う。婆ちゃんの代わりに世の中を恨んでいたというのも、
確かにあった。それは認めるとも。ロナモロスにあっさり参入したのも
結局、ひねくれた俺がこの奇っ怪な天恵を活用できると思ったからだ。
充実していなかったとは言わない。重要なポジションでもあったし、
それまでとは異なる意味でスカッとする機会も何度もあった。だから、
ネイルやマッケナーらの要望にも、可能な限り応えてきたのである。
だけど正直、もう嫌になっていた。
確かに俺は世の中をひねくれた目で見ていたけど、ネイルほど他の者の
命を軽んじる気はなかった。いや、正直言ってネイルは嫌いだった。
今さら何言ってんだって話だけど、それが本当に偽らざる気持ちだ。
俺の天恵は、誰が見ても世の摂理に外れたものなんだろう。それはもう
とっくに認めている。ロナモロスで使っていた時は、確かに摂理からは
盛大に外れていたとも思っている。
だけど、本当にそうなのか。
摂理から外れているのなら、それはもはや天恵と呼べないはずだろう。
恵神ローナから授けられた力である以上、少なくともそれは摂理の中に
収まっているはずだ。
だったら、卑屈になる必要はない。堂々としていればいいってだけ。
天恵は個々の責任であると同時に、誰にも犯せない個人の権利である。
そんな当たり前から目を背けているこの時代は、どことなく滑稽だ。
そうだよな。
もしかしたら俺の持つ天恵は、この委縮した時代だからこそ意味を持つ
代物なのかも知れない。今になってそんな事を考える俺は、自分で思う
以上に成長したんだろうなと思う。少なくとも、悪くない方向に。
もしかしたら天恵というのは、人をこんな風に成長させるものなのかも
知れない。力と共に得る知見には、それだけの価値があるのだから。
だとすれば、なおさら。
このピンチをどうにか脱しないと。
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それにしても、タイミングが悪い。
聖都グレニカンに来たのは、単純に現在の情勢が知りたかったからだ。
俺も関わってるから、偉そうな事を言う気はない。だけど実のところ、
グレニカンの情勢がコロコロ何度も変わっているってのは事実である。
マルコシム聖教がかなり無理な形で終焉を迎えたから、その後の展開も
かなり歪だった。直接関わった事はないけど、情報は入って来ていた。
ヤマンの首都ルーベリでの戦いは、俺が関わった最後の大きな企てだ。
イグリセにいづらくなったネイルにとっても、大きな賭けだったろう。
俺は王宮の中には入らなかったが、それでも決着については可能な限り
正確な話を収集したと思っている。
結論から言えば、まさに大失敗だ。
俺が天恵を見てグリンツが宣告した連中は、どうやら全滅したらしい。
そのあたりは、ネイルの思惑通りになったと考えるべきなんだろう。
しかしその後、カイの天恵を使って投入した魔鎧屍兵はどうなったか。
そこは分からない。どっちにしてもカイがイグリセに送ったはずだから
結果を知る術はない。しかし結局、ヤマンの皇帝一家は無事に戻った。
事態が収拾したという結果を見ればもう、失敗したのは明らかだろう。
予想していたというか、望んでいたと言ってもいいかも知れない。
どっちみち俺は置き去りの役どころなんだから、もういいだろうとな。
ネイルの情勢も判らないが、そこは奇妙な確信が胸に宿っている。
あいつはもう終わったんだろうと。
そして俺は、ミクエとウルスケスと合流した。妙な組み合わせなのは
間違いないけど、細かい事はいい。少なくとも以前よりはマシだから。
具体的に何をするかは、どこまでも未定だ。とは言え俺とミクエなら、
新たな宗教団体とかだって作れる。ウルスケスも、そういう選択だって
アリだよねと明言していた。
だからこそ、まずは今グレニカンがどうなっているかを知りたかった。
仮にロナモロスの影響が無くなったとすれば、また情勢は大きく動く。
この聖都は、そういう危うさを常にはらんでいる場所なのだから。
「とにかく見に行きましょう。」
すっかり開き直ったミクエの提案に乗ったのが、ある意味運の尽きだ。
ほんの気まぐれで立ち寄った美術館に、武装勢力が押し掛けてきた。
何者だと考える間もなく、過激派の神託師であると自ら名乗っていた。
マジかよ。
世も末だな。
まさか神託師がそんな事をするとは夢にも思わなかった。まあさすがに
全員じゃないだろうけど、扇動する何人かは間違いなくそうらしい。
神託師という連中は、天恵の宣告を受けない。機会が無いというのも
一因だが、昔からそれは禁忌扱いになっている。理由は時代によって
まちまちだ。まあ普通に考えれば、その方がいいのは明らかだろうな。
どんな国でもどんな時代でも、その不文律はほぼ守られているらしい。
つまりここに来た連中も、天恵宣告は受けていないと考えられる。
もう今さら、軽々しく覗き見るのも嫌だ。だからそこはどうでもいい。
というか、抵抗できないって事実は天恵の在る無しにはほぼ関係ない。
ウルスケスが来ていないんだから、なおさらである。
おとなしく捕まるしかない。
それだけの事である。
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ミクエの顔は知られていなかった。不幸中の幸いと言うべきか。
とにかく俺たち人質は、かなり広い展示室にまとめて閉じ込められた。
何を目的としての蜂起なのか。今は分からない。っていうか、あるいは
それほど深い考えなどない行為かも知れない。その方が厄介である。
進退窮まってヤケを起こされたら、俺たちの命の保障はない。
どうする。
とにかくウルスケスに連絡する事ができれば、何かしらの打開策も…
「あの、すみません。」
不意に、背後から声をかけられた。ここにいる以上、同じ人質だ。
振り返った俺とミクエの目の前に、一人の女性がいた。その背後には、
赤ん坊を抱えた夫らしき男性も。
「…何でしょう。」
「いきなりで失礼ですけど、まさかロナモロス教の教主さんですか?」
「えっ」
俺とミクエは、仲良く絶句した。
小声だから誰にも聞かれていない。だけど、背筋が寒くなった。
何だこの女は。
何でそんな事を知ってるんだ。
何者なんだ。
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何なんだよ。
そのたいそうな名前の天恵は。
【偉大なるゆりかご】だと?
ネイルの向こうを張れるほどの名前じゃねえかよ。
いったい何なんだ、この家族は?




