聖都の塔の屋根の上
これほどの青空は、聖都グレニカンではかなり珍しかった。
人の営みは常に波乱を含む。しかし仰ぎ見れば、いつも空は知らぬ顔。
この聖都では、殊更にそんな対比が不毛なコントラストを描きがちだ。
ようやく少しは落ち着きを取り戻しつつあるかと思われたこの街は、
またしても看過できない騒乱の中に放り込まれていた。
そう。
それこそが聖都の聖都たる所以。
最近では、かつて世界最大の宗教の総本山として知られた聖都の事を、
世界中の人がそう揶揄していた。
そんな騒乱の街並を見下ろす空に、小さな影が二つ。やがてそれは、
少し離れた2本の尖塔の屋根の縁に降り立つ。つがいではないらしく、
当然のように距離を取っていた。
誰も気付かない。
誰も気にもかけない。
どちらの鳥も、黙って眼下の光景に視線を向けている。
やはり、我関せずと空は蒼かった。
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さあてと。
どうしたもんだかなあ。
何にしても、大いに反省だろうね。
本流から外れているとは言っても、ちょっと気を緩め過ぎていたか。
それにしても、まさか友樹の一家がこの聖都まで来ているとはね。
赤ん坊は出歩かないから大丈夫だ、という思い込みがあったんだろう。
このあたしはともかくとして、誰かちょっとは想定して欲しかった。
まあ、文句を言っても始まらない。そして事態は急を要する。
オラクレールにいる本体から連絡が来たのは、いきなりな話だった。
あっちが店に戻ったのは僥倖だし、ネイル・コールデンの天恵を得た…
というのも実にめでたい。なのに、どうにも連絡してきた本体タカネの
腰が低い。我ながらちょっと卑屈。まあその理由は明らかだ。他ならぬ
友樹の動向を、タカネネットワークが把握してなかったからだね。
そして本体が「この」あたしに対し腰が低いのも理解できる。
ぶっちゃけ、あたしは友樹の動向に関しては一切ノータッチだからだ。
何しろ相手はまだ赤ん坊。お転婆な少女とかじゃないんだから、全ての
タカネが目を光らせている必要などない。あたしとしてもお任せ状態。
そんなあたしに「連絡不行き届き」の尻拭いをさせようってんだから、
そりゃ腰も低くなるよね、うん。
こっちもタカネなんだから、そんな態度を取られても困るんだけどね。
とにかく、友樹たちはグレニカンを目指したのでヨロシクとの事だ。
そして現在。
よりにもよってこのタイミングで、神託師たちの蜂起が起こっていた。
どっちが正しいとか何とか、そんな分かりやすい構図はここにはない。
とにかく様々な思想や行動の理念がごっちゃになっている状態のため、
いつ誰が何をしたのか…というのがかなり把握しづらいのである。
それでも、「神託師」という時点である程度の内容は絞れる。
ロナモロス教が事実上壊滅した今、マルコシム聖教を消し去った行為は
ほとんど意味さえ成さなくなった。聖教としては、完全にやられ損だ。
ただ乗っ取られただけならそこそこ諦めもつくだろうけど、乗っ取った
張本人がいなくなるって何ですか。買収した会社が即行で倒産したら、
そりゃあやり切れないでしょうよ。
何でよりによって、こんな状況下でノコノコ訪ねて来るかなあホント。
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状況を整理しよう。
現在、街の北側にあるラジェストリ美術館で立て籠もり事件が発生中。
イベントの類をやっていたわけじゃないから、来館者はそれほど多くは
なかったらしい。だけどその中に、カーライル親子がいる。要するに、
拉致されているという事ですね。ディナ・ドッチェ・フレドの三人が、
仲良く人質になっている状況です。
ちなみに今考察しているあたしは、いわゆる「鳥タカネ」である。
あの騒ぎの後しばらくはポロニヤとその仲間たちと一緒にいたけれど、
何か馬鹿らしくなったからやめた。完全な独断だけど、このあたしが
特定の連中に肩入れするというのはちょっとマズい…と思ったからだ。
確かに、ポロニヤたちはいい子だ。だけどあの子たちの背負ったもの、
あるいは「これから背負うもの」は意外と重い。もしかすると、今後の
歴史を変えていくかもしれないってほどに。
もちろん、すぐに結果が出るなんて事はないだろう。歴史というのは、
そこまで薄っぺらなダイジェストにまとまったりはしないからである。
ひょっとすると、彼らの生きている間には答えは出ないかも知れない。
それはそれで受け入れるしかない。
だから、もう余計な助言はやめた。
ここから先に嘴を突っ込む行為は、ローナっぽく言えば神の真似事だ。
今もなお異分子であるあたしには、誰よりもそれは許されないだろう。
そんな訳で、今のあたしはフリーの鳥さんである。
あれから別に個体数を増やしたりはしていないので、フルスペックを
出すのは心許ない。人間の姿になるだけの出力はちょっと望めない。
ローナに頼めば、ノートパソコンに取り込んだ本体と共に来てくれる。
本体が来てくれさえすれば、あんなお粗末な籠城なんて一発で解決だ。
一瞬で制圧してくれるだろう。
だけど、ちょっと問題がある。
そもそもあたしがカーライル親子の現状を知ったのは、友樹の護衛役の
「ぬいぐるみタカネ」からの連絡を受けたからである。さいわい友樹は
ちゃんと旅に「あれ」を持参した。そこは分かってるねやっぱり。
だけど現在、人質と手荷物は完全に隔絶されている。つまりその分体は
友樹たちと一緒にはいないって事。近くにいるからある程度まで状況は
分かっているけど、手が出せない。何とももどかしい状況である。
悲しいかな、あっちはこっちよりも更に個体数が少ない。ぬいぐるみを
動かして移動するくらいはできる。だけどそこが限界だ。動いていれば
他の機能がほぼ行使できない。
こんな状況でローナや本体が現場に殴り込めば、カーライル親子三人を
守れる存在が傍にいない。ってか、そうでなくても手に余るだろう。
守らなきゃいけない対象は三人だけというわけじゃない。ぬいぐるみが
仮に傍にいたとしても、取り返しのつかない事態になる可能性は高い。
あたしが代わりに行ったとしても、色んな意味でリスクがかなり高い。
実のところ「喋る鳥」の都市伝説がけっこう広まってしまってるため、
あたしが行けば怪しまれる。多分、他の動物の姿でも怪しまれる。
理想を言うなら、鳥とぬいぐるみで融合して現地に赴く事だろう。
その個体数ならどうにでもできる。…いや、少なくともどうにかなる。
合流した時点でローナを召喚するという手段もある。神様を召喚って、
何気に凄い事言ってるけどね。
さて、どうする。
方法は思いつくんだけれど、どれも決め手に欠ける上にリスクが高い。
かつての特賓館ほどじゃないけど、なかなかの難度である。
もうちょっと何か、別の手を…
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さっきから気になるなあ。
あっちの塔の屋根にとまってる鳥。
何か鏡を見てるみたいと言うか…
何なんだろ、あれ?




