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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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錬金術師の憂鬱・9

ジェスベル粘土は、完全に乾かすと非常に高い耐水性が得られる。

いわゆる「焼成」の工程無しでも、食器や花器として使えるのである。


と言うわけで、作ったものを残らず外に出し乾かす。なかなか壮観だ。

さっさと金に変えてしまえばいい。それは分かっている。でも一方で、

このまましばらく留め置きたい…と考えている自分もいる。

まあ天気もいい事だし、乾燥までの時間のんびり過ごすのも悪くない。



悪い事をしなけりゃ、思った以上に気楽な時を過ごせるってもんだ。


================================


そう言えば、ここしばらくはずっと根を詰めていたような気がする。

天恵に振り回されていた…と言えば身も蓋もないけど、事実は事実だ。

試行錯誤を繰り返す、割とハードな毎日を過ごしていたな。でもまあ、

後はこいつらを金に変えて売れば、少しは報われる。平坦過ぎる人生も

少しは上向いて…


上向いて…

どうしたいんだ、俺は?


天恵を得て。

金を稼ぐ術を編み出して。

それで俺の人生は


本当に豊かになるのか?


俺は、そこまで金持ちになりたいと考えていたのか?

いや、今も考えているのか?

これが俺の求めていたものなのか?



それは…


================================


「ねえちょっと、お兄さん。」

「えっ俺?はい?」


堂々巡りの思考を断ち切ったのは、見知らぬおばさんの声だった。

寝ていたというわけではないけど、さすがにちょっと慌てる。


「何でしょう。金物修理ですか?」

「え?あなたそんな事してんの?」

「いやホラ、ここに…」


答えた俺は、入口の扉の上に掲げた看板を指し示した。


「こういう仕事しておりますが。」

「あらホント。気付かなかったわ。あたしはてっきり…」

「何でしょうか?」

「それを売ってるのかとばかり。」

「え?」


おばさんが笑いながら指したのは、ほぼ乾いた鳥の水差しだった。


「…これですか?」

「そうそれ。売り物じゃないの?」

「ええと…」


一瞬、どう答えていいのか迷った。

現時点では売り物ではないけれど、いずれそうしようとは思っている。

…まあ、そこはどうでもいいのか。


「……売り物です。」

「あなたが作ったの?」

「そうですが。」

「へえぇ。ちょっと見せてよ。」

「え?あ、ハイ。」


断る理由もないので、彼女が指したものを手に取ってそっと差し出す。

触れた感覚で、完全に乾いたという事が判った。


「いいじゃないいいじゃない。」

「…ありがとうございます。」

「頂くわ。おいくら?」

「へ?」


何と言うか、完全に予想外だった。まさかそんな事を今言われるとは。

値段なんて、全く想定していない。金ならともかく、この時点では…

とにかく、何とか数字を捻り出す。


「に、20ドレルです。」

「あらら、思ったよりも安いわね。じゃ頂くから包んでもらえる?」

「は?…あ、はい。」


展開に頭が追い付かない。しかし、とにかく待たせてはいけない。

さっきまでヒマつぶしに読んでいた新聞を数枚抜き取り、それを丸めて

どうにか水差しを包んだ。そして、半信半疑ながらおばさんに手渡す。


「どうぞ…」

「ありがと。じゃあコレね。」


返す手で綿割れたのは、間違いなく20ドレル硬貨だった。…マジか?


「ねえお兄さん。」

「はい?」

「ちょっとアドバイスだけどさ。」

「な、何でしょうか。」


こちらを意味ありげに見ながら言うおばさんに、今さら怖じ気づく。

もしかすると偽造に勘付いたのか。悪い事はするなよとか、そういう…


「正直、もうちょっと高い値付けをしてもいいと思うわね。」

「え?」

「それよそれ。」


言いながら、彼女は残りの27体をざっと見渡した。


「いや、あたしの弟も隣町でこんな商品を扱う店やってるんだけどね。

割と強気の価格設定をしてるのよ。…ここだけの話、あなたのの方が

センスはいいと思う。」

「…はぁ。」

「もしかしてこういうの初めて?」

「こういうの、と言われますと…」

「作って売るっていう試みよ。」

「まあ、これが初めてですね。」

「だったら自信持ちなさい。何なら弟に紹介してもいいから。そうだ、

これちょっと見せてみるわね。」

「え?ちょ、ちょい待って下さい。まだ未完成なんで…」


さすがに慌てた。

何だか分からないうちに、商談とも言えそうな話が進みつつある。

いくら何でも心構えがなさ過ぎる。


「あら、そうなの?…まああたしはこれでもいいと思ってるんだけど、

確かに言われて見ればって感じね。んじゃあ、いつ完成するの?」

「…ええと、数日中には…」

「そう。じゃあまた来週来るわね。その時に完成品を見せて。」

「は!?」


「数日中」などと適当な事を言った迂闊さを悔いる。

もちろん数日中には出来るだろう。しかし完成品は「純金製」である。

さすがにこの状態を見た人が、金に変わった完成品を見たら怪しむ。

どうやって作ったんだと訊かれる。いや、絶対に怪しまれる。


「じゃ、楽しみにしてるからね。」

「いや、あの、その…」

「それともうひとつ。」

「は、はい?」

「もうちょっと可愛いラッピングをした方がいい。これもアドバイス。

誰かに相談なさいな。またね!」


言いたい事だけ言い切った彼女は、満足そうな笑みを浮かべて去った。

話について行けない、俺を残して。


おいおい。

何でこうなるんだよ。

錬金術どこいったんだよ。



本当に思い通りにならないんだな、天恵って奴は!

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