うかつなタカネ
この世界には、拓美はいない。
その事実は、かつて50世紀の地球に放逐された個体よりも絶対的だ。
根本的に縁のないこの世界で現出を果たしたあたしは、意外とすんなり
その事実を受け入れていた。やはりプログラム化された時点において、
そういう役どころと割り切っていたのが大きいのだろう。
だから、その事に絶望はしない。
寂しくはあるけど、何が何でも元の世界に…などという気は起きない。
かつてのリータスーツやGDーXに宿っていた個体と同様、あたしには
そういった割り切りができる感覚が備わっていたのである。
だからこそあたしは、分体の行動にさほど関心を持っていなかった。
無理に本体に戻らなくてもいい、と考えているからこそ。それぞれが
どこでどんな経験値を積もうと別に構わないというスタンスを徹底し、
今に至るのである。
結果、この世界の「タカネ」たちはけっこう自由気ままに動いている。
それぞれがある程度の万能性を既に獲得しているからこそ、互いの事を
あんまり気にしていない。まあ多分大丈夫、みたいな感じに考えてる。
かつてのあたしなら、そんな横着は絶対にしなかったのは間違いない。
何だかんだ言っても、あたしという存在がどんな自己進化を遂げるかは
どこまでも拓美次第なのである。
彼女と完全に隔絶されている現在のあたしは、やっぱり相当な独自性を
発現させているらしい。正直言ってかなり、あたしらしくないけれど。
要するに、何が言いたいか。
ホウレンソウがずさんだって事だ。
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長い長いキッチンカー営業を終え、ようやくオラクレールに戻った。
オラクモービルと一体化する時間が長過ぎて、自分を見失いかけてた。
しばらく元の姿でリハビリしたい。真面目にそんな事も考えたよ。
とにかく、最大の難関は突破した。【偉大なる架け橋】という天恵を、
ちょっと不本意な形とはいえ無事に手に入れられた。ここから先の事は
誰にとっても初の挑戦だけど、まあ今さら不安に思っても仕方がない。
ローナもあたしもいる以上、あとは強気でぶつかっていくだけである。
さあドンと来い!
…と思ったんだけど。
何事も、そうすぐには進まない。
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「え、旅行?」
「ディナさんたちが?」
「ええ、そうみたいですね。」
無事に帰って再会を喜び合って。
とりあえず一服し、本店メンバーに夕食を作ってもらった。
さすが本店。しばらく戻らない間にレパートリーが増えてる。そして、
ポーニーはやはりお店を簒奪する気満々である。野心家だなあ本当に。
それはさておき、やっぱりトランもネミルもかなり疲れていたらしい。
夕食の時間まで、久し振りの自分のベッドで泥のように眠っていた。
あたしたちも、今さら急ぐ気なんかない。急いては事を仕損じる、だ。
落ち着いてからじっくりと検証し、その上で必勝を期す事にしよう。
そんな事を語らいつつ、夕食の時をのんびりと待つ。あえて土産話は
しない。やっぱりトランたち二人も交えての方がいいからね。
てなわけで夕食。
新メニューに舌鼓を打ち、旅の疲れをゆっくりと落とす。あたしには
もちろん疲労なんてない。だけど、こういう感覚は精神的に必要だ。
正直、ジアノドラゴンが現れた時は本気で戦慄した。あの存在自体が
脅威だったのに加え、パラドックスの発生はシャレにならないから。
どうにか送り返せた時には、心からホッとしたっけな。
あんな事があったからこそ、それを事務的な連絡にはしたくなかった。
みんなが揃ったお店の夕食の席で、思い出語りとして発信したかった。
だからだろうな。
あたしらしくない連絡不行き届きの理由は、おそらくそこにある。
要するに「ネタバレ禁止」と言えばしっくりくるだろう。先に結論を
聞かず、新鮮な気持ちで聞きたいと考えたんだ。どのタカネたちも。
そして、当然の事に対する認識共有が出来ていなかった。
あたしとした事が!
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「え?」
「トモキ、いないのかよ。」
「言ってませんでしたっけ?」
ポーニーが、彼女らしいキョトンとした表情でトランに答えた。
「やっとディナさんの仕事が一段落したから、これまでおざなりだった
子育てと向き合おうって事になったみたいです。で、家族旅行に。」
「聞いてねえなあ、そんな話。」
トランはトランで呆れ顔。ってか、みんなそんなマヌケ顔である。
いやはや、うかつだったね。
ネイルを探しに行ったといっても、隔絶されてしまうって訳じゃない。
あたしはローナと一緒に、いつでも店に戻れる。そして店からも頻繁に
モリエナが来ていた。その事により妙な一体感が生じ、「遠くにいる」
という感覚が抜けていたのである。
万能チートだった拓美が、いつしか人間性を失ってたのに少し似てる。
便利というのは、とかく人の心ってやつを腐らせていくから。
あたしと拓美の二人だけでいれば、どんどん非常識が標準になるしね。
何しろそんな感じで、あたしたちは「トモキの遠出」なる特殊事情に
すっかり慣れてしまっていたのだ。まあ、それは本当にしょうがない。
で?
件の親子三人、どこにいるの?
「海を渡られました。」
「は!?」
トランとネミルの声が重なった。
まさか今になって…!
「そんで、どこ行ったの!?」
「タリーニです。」
「えっ」
「情勢が落ち着くと同時に街全体が変革しつつあるらしいから、多少の
混乱を直に見るのも大切だって。」
「公私混同ねえ。」
呆れたようにローナが言った。
「旅行というか、家族と一緒の出張じゃないそれ。楽しいの?」
「さあ…止められませんからね。」
ポーニーが肩をすくめる。
「タカネさんも一緒だし。」
「うっ」
当然のように話を振られた。まあ、確かに友樹のぬいぐるみには分体が
宿ってはいるけど…
「ちなみに、ディナさんたち三人、タリーニのどこへ行ったの?」
「聖都グレニカンらしいです。」
「は!?」
思わず声を上げてしまった。
よりによってあんなややこしい街に家族旅行!?
「いや、だって…」
気圧されたランドレが、遠慮がちな口調で述べる。
「タカネさんが一緒でしたから。」
「………………」
ああ、そうでしたね確かに。
あたしが一緒でしたよね。
ごめん、うっかりしてました。
急いで確認しますから。
ホントうかつだなあ、あたしって。




