錬金術師の憂鬱・8
金を用いて金を稼ぐ。
その方法は何であるべきか。
短絡的な発想ばかりが先に立って、基本的な発想を出せていなかった。
要するに、商品を作って適正価格で売ればいい。
何でこれに気付かなかったんだ俺。
天恵は、人をおかしくするのか。
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というわけで、金細工を作るという方針を定めた。
もともと俺は金物修理を生業としているから、別に不思議じゃない。
金属加工の知識なら持っているし、技術もここしばらくで十分磨いた。
と言っても粘土細工だけど、そこは大した問題じゃないだろう。
そもそも天恵は、恵神ローナからの授かりものだ。しかも特定の人間の
特権などではなく、等しく全ての者が15歳になった時点で授かる。
今の時代ではすっかり廃れていると言っても、禁則にもなっていない。
ただ単に、宣告を受けないって事が常識になってしまっただけの話だ。
俺の錬金術は、後ろめたいと考える必要など何もない天の恵みなんだ。
だったら、小銭を稼いで何が悪い。
…いや、確かにここまで考えた事はかなり後ろ暗かった。認めよう。
金の塊の売却だの金貨の偽造だの、発想はかなりアウトだった。
しかし、真っ当な商品を作って適正価格で売るのはセーフのはずだ。
いちいち材料入手のルートなんかは細かく質問されないだろうし、仮に
訊かれたとしても答える義務なんかない。いわゆる企業秘密だろう。
どうしても申告しないといけない…って話になるのなら、その時初めて
自分の天恵をカミングアウトする。堂々としてりゃいいんだ堂々とな。
市場の独占なんて考えなけりゃあ、さほど他人に迷惑もかからない。
あまり手広くやればさすがに事情は変わるだろうけど、まあそこまでの
高望みはしない。俺みたいな人間は小遣い稼ぎでしっかり満足できる。
もし揉め事が起こったら、その時はその時だ。
家族などいない俺がどうにかなったところで、悲しむ者もいない。
少なくとも今よりは張りのある人生を送れる。その確信はある。
試行錯誤の末の結論だ。
勝手な理屈だと言われようと、俺はこれで行く。
そう決めた。
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ガラに合わないとか言われようと、今の俺にできる最善は多分これだ。
すなわち、金のキャラクター商品の製造と販売。いたずらチェルシャは
もうお手のもんだけど、このネコは児童文学の登場キャラクターだ。
作者はついこの間亡くなったけど、さすがに無断で使ったら怒られる。
だからオリジナルで行こう。まあ、本質は「純金でできている」点だ。
作りさえ悪くなければ、無名作家の無名キャラでも売れる。…多分。
もし気に入らなきゃ、買った人間が溶かして金に戻してくれればいい。
その後の事はもう俺には関係ない。好きなように扱ってくれ。
我ながら開き直りがひどいと思う。だけどこれは俺の天恵だ。文句など
誰にも言わせない。
…金貨の事とかはもう、忘れよう。
さあ原型の制作開始だ。
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何度もやっているうち、比重の縮尺も感覚で予想できるようになった。
これが職人技かとか考える自分が、何となく可笑しくもある。
金貨の偽造とは異なり、ここからは厳密にサイズを揃える必要はない。
大体このくらい縮むだろうなと予想しつつ、適当なサイズで作るだけ。
不揃いでも構わないし、形なんかもバラバラでいい。今までと比べれば
格段に気楽だし、製作を楽しむ余裕さえ持てる。何ともいい身分だな。
まずはネコ。そして鳥も作ろうか。あんまり写実的にするのは大変だし
時間もかかる。だから、可愛らしいアレンジを加えつつデザインする。
うん、単純な方が映えるだろうな。子供が手に取る可能性も考慮して、
出来るだけ尖った部分を作らない。耳も嘴も丸っこい形にしていく。
そうだ。完全に乾く前ならば、少し重いから大きめに仕上げられるな。
そのあたりもまた試してみようか。
ああ。
何だか俺、今までで一番楽しいな。
悪くないじゃないか、俺の天恵。
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楽しい事はいくらでも続けられる。
というわけで、半日かけて28個の置物が完成。もう置く場所がない。
最後の方は上に孔を開けて一輪挿しにしたり、コップにしたりと様々な
工夫を試みた。…何と言うか、俺にこんな創意工夫の情熱があったとは
本当に知らなかった。基礎を教えてくれた親父には、本当に感謝だな。
いつの間にか材料の粘土が尽きた。気付かないうちに腕も疲れてるな。
んじゃあ、さっさとこれを金に…
いや、ちょっと待て。
ここまで手をかけたんだから、全て完全に乾燥させよう。金にするのは
それからでも構わない。縮んでも、十分なサイズは保てるはずだから。
「…何を言ってんだろうな、俺。」
口に出した途端、ちょっと笑った。笑わずにはいられなかった。
誰もいない部屋の中で、己の作ったキャラクターに囲まれて大笑した。
ここにきて、何をためらってんだ。
いや、ハッキリ分かってる。
「錬金術」という天恵は間違いなく俺の力だ。それは絶対の真理だ。
だけど天恵ってものは、努力で身に着けたわけじゃない。恵神からの
授かりものに過ぎない。要するに、そこに俺自身の意思は存在しない。
どうして金になるか、その仕組みを説明する事は俺には出来ない。
いや、どこの誰にも天恵の仕組みを説明する事なんて、不可能だろう。
誰が何と言おうと、俺は職人だ。
職人である以上、創り出すものには最大限の理解と納得が欲しいんだ。
苦労して粘土をこねて作り上げた、こいつらにはそれが存在している。
だけど金に変えた瞬間、こいつらは俺の理解を超えたものへと変わる。
俺の手を離れ、恵神ローナ以外誰も理解できないものになり果てる。
ああそうだ。
俺はそれが少しだけ気に入らない。少しだけ面白くないんだ。
…難儀な性分だよな、俺って男は。