錬金術師の憂鬱・7
「い、いいんですか本当に?」
「ええまあ…習作ですから。」
相手のリアクションを持て余す俺の言葉は、何だか言い訳じみていた。
…何と言うか、ここまで喜ばれると気が引ける。いや嬉しいんだけど。
味気ないブローチひとつでこんなに喜んでくれる姿は、浮かぶ瀬だ。
「ありがとうございます!え…と…お名前は…」
「ジェレムです。」
「ジェレムさん!憶えました!!」
「ええ…」
さすがにドキッとした。やっぱり、後ろめたい事してるからだろうな。
…いや、本当にそうだろうか。
「どうかしました?」
「いえ。あ、ちなみにあなたは?」
「ホルナ・クルセスと申します!」
「ホルナさん、ね。」
憶えました。
さあて、買い物買い物。
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今回は、前回ほど大量の粘土は必要なかった。試作段階は終わってる。
とりあえず3キロ購入し、さっそく作成に取り掛かる。
きっちりと重さを量ったら、それを丸ごと使って拡大コインを作る。
前回は寸法もきっちり測ったけど、どちらかと言うと今回は重さのみを
重視した。とにかくこの量で作る。うまく行くか否かは実践あるのみ。
さすがに手慣れてきた。さほど苦戦する事もなく、新たな原型が完成。
ちなみに前回のもののサイズ記載と比較すると、やっぱり少し小さい。
もう細かい比率などあえて考えず、勢いで押し切る事にする。なあに、
ダメならまたやり直せばいいだけ。そのくらいの気持ちで行こう。
頼むぜ、我が天恵「錬金術」!
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………………
「できた。」
ポツリとそう呟く俺は、サンプルの粘土硬貨を手に取って見比べた。
うん、同じ。確かに同じ大きさだ。厚みも同じだ。もちろん、徹底的に
測れば誤差はあるだろう。しかし、そういう誤差は鋳造された本物にも
きっとあるはずだ。普通に使う分に関しては、おそらく怪しまれない。
正真正銘の1000ドレル金貨が、俺の天恵で完成したんだ!
「…マジか。」
興奮したり喜んだりする前に、俺はぺたりと座り込んでしまった。
確かに重さが決め手だった。それに気づいて、そしてドンピシャだった
事実に関しては掛け値なく嬉しい。正直言って、金貨が出来た事よりも
何倍も嬉しい。逆に言えば、金貨が出来た事自体は、自分でも驚くほど
感情を動かされなかった。…何だ、この中途半端な達成感は?
とにもかくにも、現時点で最終目標を達成したって事は間違いない。
「あ、そうそう。」
厳重にしまい込んだせいで、本物の金貨の存在をすっかり忘れてた。
どうせなら粘土サンプルではなく、こっちとも比べておこう。
ええっと…あ、あったあった。
よし、やっぱりサイズバッチリだ。これなら間違いなく…
………………
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うん。
やっぱり無理だったな、これ。
あきらめて次いこう。
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金の塊を人前に出せば、多分人生が詰む。そして天恵は絶対に極秘だ。
金貨偽造は手間がかかり過ぎる上、どうにも越えられない壁があった。
どこまでも使えない、俺の天恵。
しかし、何故か以前みたいな落胆がない。驚くくらいケロッとしてる。
何ひとつ成せていないはずなのに、何でガッカリしてないんだろうか。
いや、理由は分かってるんだ。
ここまでにやって来たあれこれは、間違いなく俺の糧になっている。
寝食を忘れて打ち込んだからこそ、少なからず技術が身についたんだ。
それは別に嘆く事じゃないだろう。
さてと。
じゃあ結局、次はどうしようか。
金そのものを換金するというのは、俺の立場では社会的に無理だろう。
金貨に関しては、偽造という行為が露見した時がヤバい。下手を打てば
その場で人生終了になりかねない。
では、それ以外で何が出来るのか。
天恵を得た直後ならば、この時点でおそらく行き詰まっていただろう。
俺は職人であって、商人じゃない。金の稼ぎ方には疎い性分だから。
だけど、今ならできる事がある。
今だから出来るようになった事が、ひとつだけある。
なあチェルシャ。
そうだろ?
余ったブローチを手に取った俺は、自分で彫った猫の顔を見据える。
その不敵な顔が、こちらを見返してニヤリと笑ったように見えた。
ああそうだ。お前の言う通りだ。
まだまだ、俺にはやれる事がある。