錬金術師の憂鬱・6
必要なものは揃った。そして期限もある程度決まった。
じゃあ、ここからはひたすら作業に専念する。
腕が鳴るぜ。
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まずは、それぞれの金貨の模造品を粘土で作る。もちろんサイズなども
寸分違わないものを目指す。
言うまでもなく、これを金に変えるわけじゃない。仮に変えたとして、
また小さく縮んで終わりだ。これはあくまでも見本。形やサイズなど、
とにかく「本物」のサンプルとして手元に置くための代物である。
こういうのは、慣れれば慣れるほど精度が上がる。だからまず、会長が
貸してくれた外国の金貨を試作する事にした。特に使う機会があるとは
思えないし、練習にもってこいだ。気負わず手を抜かずに作っていく。
「…うん、まあまあだな。」
最初の一枚から、予想以上に精度の高いものが作れた。いい感じだな。
借りられた硬貨は、全部で6種類。優先順位を決めて、どんどん作る。
とにかく「慣れ」だ。技術面はもう問題ないから、ひたすら精度向上を
目指す。いやあ、楽しいなぁこれ。金儲けとか抜きにして。…いっそ、
本気で彫金師を目指してみようか。
そんな事を考えながら、ひたすらに模造を繰り返すこと丸二日。
本命金貨の模造を3回行った結果、ほぼ完璧なものが出来上がった。
いよっしゃあ!
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とりあえず、今の時点でもう金貨はいつ返してもいいって事になった。
そっくり同じサンプルがもう手元にあるから、後はこれを見本にして
次の作業に移ればいい。とは言え、あんまり早く返しても怪しまれる。
ひとまずこれは厳重に仕舞っておく事にする。で、適当なタイミングで
返しに行こう。
よし、それじゃいよいよ金に変える本命の金貨を作っていく。
完全に乾いた粘土の比重はもう既に調べてあるし、金との比重の違いも
きっちり測った。ここから算出したサイズで、「縮んだらピッタリ」に
なる「大きな硬貨」を作っていく。原寸大の練習を繰り返したのには、
こっちの精度を上げるため…という意図もあった。抜かりはない。
というわけで制作開始。
しかし、これが意外に難しかった。大きい方が楽だと思っていたけど、
逆にちゃんと平らかにするのが原寸より難しい。自重で歪んでくるのも
直さなきゃいけないし、予想以上に手間のかかる作業になった。
とは言え、練習の成果はバッチリ。コツを掴めば面白く作っていける。
表面から乾いて硬化してくるから、表面の処理も割とサクサク出来る。
予想よりも時間がかかったものの、とにかく本命一号は完成した。
よおし上出来。サイズも問題ない。
それじゃ、いよいよやってみよう。
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「…ま、そうそう最初からうまくはいかないか。」
あえて口に出してみると、やっぱり思った以上に落胆の響きがあった。
正直、成功すると踏んでいただけに落胆は隠し切れなかった。
きっちりと測ったはずだったけど、出来上がった金貨は本物と比較して
直径が5ミリ近くも大きくなった。いくら何でもこれじゃ丸わかりだ。
完成度には問題ないけど、サイズがここまで違うとどうしようもない。
…やっぱり、計算だけで思い通りに行くようなもんじゃないのか。
と言っても、考え方そのものがダメだったというわけじゃない。事実、
形がそっくりなものを創るまでには至ったのである。後はその精度を…
待てよ。
計算ばかりに頼って詰めてたけど、問題なのは比重だ。つまりは重さ。
逆に考えるなら、重ささえピッタリ合えばサイズも合致するはずだ。
という事は…
「とにかく、硬化した時点で金貨と同じ重さになってりゃいいんだ。」
思わず声に出してしまった。
そうだ、そういう事だ。とすれば、まずはその重さを具体的に知る。
作ってから図るってのはあまりにも効率が悪い。それならいっその事、
粘土の塊を作って比較すればいい。重さ別に何個も作っておき、乾いた
時点で本物の金貨と比較する。で、ぴったり合った重さを見つけ出す。
後はその重さの粘土で、また大型の硬貨を作ればいいって事だ。
できるだけ薄く延ばして、少しでも早く乾燥・硬化するように工夫。
まだまだこんなもんじゃめげない。問題はひとつずつ解決だ!
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失敗作を基準にして、重さ別試作を20枚作って硬化するのを待つ。
ほとんど粘土を使い切ってしまったけど、一発で重さを確定したいなら
ここでケチるのは悪手だ。何より、時間がもったいない。
…暇なので、余った粘土片を使ってまたチョコチョコと小物を作る。
やっぱりモチーフはチェルシャだ。今度はブローチっぽいのを目指す。
さすがにちょっとコインは飽きた。
普段の仕事も順繰りに片付け、ただひたすら乾くのを待つこと丸一日。
ようやく最後の一枚も完全に乾いたらしい。んじゃ、待望の計測だ。
…慌てて返却しなくてよかったと、今になってつくづく思う。
そして。
「よっしゃ!」
三枚目で天秤がぴたり釣り合った。これが適正の重さだ!
この三号サンプルと同じ量の粘土で作れば、サイズも同じになるはず!
それじゃあ…!
材料が尽きた。
また買いに行かないと。
「…まあ、手土産も出来たしな。」
待ってる間にチェルシャブローチは3個も出来ていた。
せっかくだから持って行こう。
オマケしてもらえるかも知れない。
…あの人の笑顔も見たいし。
ま、ともあれ明日だな。
今日は疲れた。
苦労するなあ、俺の天恵。