錬金術師の憂鬱・4
「お前は頭はいいが、嘘をつくのは意外と下手だから気をつけろよ。」
亡き父がよく俺に言ってた言葉だ。もちろん、しっかりと自覚してる。
だからこんな時は、なおさら下手な嘘は口にしないよう心がけている。
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「どうだ景気は?」
「おっさん臭い挨拶だなトラン。」
トランたちの喫茶店を訪ねたのは、気分転換も兼ねての事だった。
当然、話題は分かり切った方向へと流れていく。
「んで、天恵はどんな感じだよ。」
「使えねえな。うんざりしてる。」
「そうか…」
嘘じゃない。
天恵宣告を受けて、今日で一週間。うんざりしているのは事実だ。
蝋製の硬貨が縮んだ理由が比重だという予想は、すぐに実証できた。
もう一枚作って重さを比較したら、縮んだ金貨と見事に一致したのだ。
問題の本質がすぐに判明したのは、せめてもの救いだったと思う。
しかし、これでまた問題が増えた。
素材ごとの比重を調べれば、実際に必要な硬貨のサイズは割り出せる。
自慢じゃないけど、計算は得意だ。こういった部分はすぐ解決できる。
しかし計算した結果、どう考えても算出されたサイズの硬貨の押し型は
作れない事が判明した。大掛かりになるせいで、精度が期待できない。
パンケーキを焼くのとは訳が違う。
つまり量産の夢は潰えたのである。
当初の想定通り、やるなら一枚一枚ワンオフで作っていくしかない。
もちろん、最初から金と同じくらい重い素材を使えば何の問題もない。
それなら縮まないし、万事解決だ。量産だって思うがままになる。
でも実際のところ、そこまでの比重を持ち、かつ細かい加工まで施せる
素材なんて思いつかない。あったとしてもきっと高い。利益が出なきゃ
やっても意味がないって話だろう。
ああもう、使えねえな本当に!
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「文句たれる割に、それほど深刻な顔には見えないぜ?」
「そうか?…まあそうかもな。」
トランには割と観察力がある。俺に遠慮なんか別にしないだろうから、
そう言ってるならそうなんだろう。実際、俺は荒れたりしてはいない。
確かに、俺の天恵は厄介極まる。
だけどその分、知恵を絞る楽しみがあるってのも事実だ。俺は意外と、
こういう難題をひとつひとつ越える作業は好きだったりするからな。
「ちょっと心配でもあるけどな。」
「何がだよ。」
「お前、何だかんだで頭いいから。妙な事を考えてなきゃいいけど。」
「うるせえよ。」
鋭いなこいつ。
ま、ボロが出来ないうちに退散するとしよう。
「ごちそうさん。じゃあな。」
「ああ。また来てくれよ。」
「おう。」
挨拶を交わし、俺は店を出た。
思わず大きく伸びをする。
ちょっと疲れてるのは事実だ。
いつもの仕事に加えて、金貨偽造の案をあれこれ考えているからな。
まあ、楽しくないとは言わないさ。やっぱり嘘はやめておく。
さあて、今日は忙しいぞ。
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次に向かったは、商工組合事務所。祖父の代から世話になっている。
受付に来訪を告げると、顔なじみの小太り会長が出て来てくれた。
「やあジェレム君。…葬儀の時以来になるかね。」
「その節はお世話になりました。」
「大変だったと思うが…どうだね、元気にやっとるかね?」
「おかげさまで。」
「そう言えば、何だか前に会った時より活気に満ちとるね。」
「…そうですか?」
ついさっき、トランにほぼ同じ事を言われた気がするな。
よほど今の俺は活気づいてるのか。
「毎日充実してますからね。」
「それはいい事だ。」
会長は嬉しそうに笑った。
うん、少なくとも嘘は言ってない。口に出した事で、そう確信できた。
よし。
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「1000ドレル金貨を貸せと?」
「ええ。よろしくお願いします。」
「いや…それは…」
さすがに会長は困惑顔だった。
無理もない。突拍子もない事を口にしている自覚は十分ある。
しかし現実的に考えて、これが最も手早い方法だという結論に至った。
「もちろんすぐ返します。おおよそ2週間頂ければ必ず。何でしたら、
家を担保にしてもかまいません。」
「いやいや、さすがにそこまで疑うつもりはないんだけどね。」
手を振りながら、会長は怪訝そうに問いかけてきた。
「…しかし、何でまたそんな高額の金貨がいるんだね。…何だったら、
もうちょっと細かい金で融通してもいいと思うんだが。」
「いえ、お金が欲しいというより、金貨をしばらく手元に置きたいと
考えたからなんですよ。」
「どうしてそんな事を。」
「彫刻の勉強のためです。」
「は?」
さすがに会長の表情が険しくなる。そりゃそうだろうな。
「彫刻の勉強って、それがどうして金貨と結びつくんだね。」
「1000ドレルの金貨と言えば、美しい彫刻が有名でしょう?」
疑いのまなざしに動じず、俺は目をまっすぐ会長に向けて説明する。
「実は、彫刻を仕事に活かしたいと最近思い始めてるんですよ。」
「彫刻をかね。興味深い話だな。」
「別に彫刻家を目指すとか、そんな話じゃありません。ただちょっと、
これまでと違う技術も磨いて仕事に活かしたいと考えてまして。」
「それで金貨を?」
「ええ。」
答えた俺は、胸ポケットから1枚の硬貨を取り出して目の前に置く。
それは試作用の原型として粘土から作った、あのネコ硬貨だった。
「例えばこんな感じです。」
「ほほう、ちょっと見せてくれ。」
言いつつ会長はコインを手に取る。しげしげと眺めるうちに、表情から
険しさが消えるのが見て取れた。
「…なかなかユニークだね。これは君のオリジナルなのかい?」
「ええ。児童文学のキャラクターをモチーフにしています。」
「なるほどなるほど!」
おお、思ったより食いつきがいい。
何でもやってみるもんだな。
「こういうものを創る参考として、金貨が見たいというわけだね。」
「そうです。…お恥ずかしい話ではありますが、実際に手に入れるのは
なかなか難しい懐具合でして。」
「うん、よかろう!」
コインをテーブルに戻した会長は、そう言ってパンと手を叩いた。
「そういう事なら協力しよう。君の人となりは知っているつもりだ。
わざわざ頼みに来た以上、やる気は十分なんだろうからね。」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、せっかくだ。他の硬貨も1枚ずつ貸そう。参考になさい。」
「えっ」
マジで?
「いいんですか?」
「そのまま返してくれるんだろう?なら問題ない。三週間貸し出すよ。
場合によっては、延滞も認めよう。それでいいかね?」
「どうもありがとうございます!」
よっしゃ!
期待以上の成果が出せた。
ここまで来たんだ、とことん結果を求めて頑張ってやろう。