錬金術師の憂鬱・3
どこの国でもいつの時代でも、金の価値は絶対だ。歴史が語っている。
だからこそ、俺の天恵はある意味、誰よりも貴重かつ危険な代物だ。
行き詰まった時は考え方を変える。
とりあえず、「貴金属としての金」は俺の手には負えない。と言うか、
個人が何とかできる代物じゃない。だからこそ絶対の価値があるんだ。
だとすれば、俺がこの力で何かしら利益を得ようと思ったらどうする。
まあ、その答えはいたって簡単だ。
要するに、個人でも怪しまれない形にして使う。これしかないだろう。
つまり、高額金貨の偽造だ。
…いよいよ犯罪めいてきたなあ。
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とは言え、あまりにも高い金貨だとまた怪しまれてしまう。そもそも、
そういった金貨では普通の買い物ができない。どうしても両替をする
手間が生じる。俺みたいな貧乏人がそんな高い金貨なんか持ってたら、
もうそれだけで犯罪の臭いがする。…まあ、本当に犯罪なんだしな。
だから、あんまり強欲にならない。それをしっかりと肝に銘じておく。
そこそこの金額の金貨を、いかにも思い切って散在する!といった態で
一気に使う。ちまちま貯めましたという雰囲気さえ出せれば、貧乏人が
奮発したと捉えてもらえるだろう。それも、たまの機会に抑えておく。
とにもかくにも、天恵で人生が詰むという展開だけは絶対に御免だ。
今の暮らしが嫌でたまらないとか、そんな自棄も別に起こしていない。
地道に暮らしつつ、ほんの少しだけ豊かさを加えられればそれでいい。
よし。
この方針で行こう。
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まず何より必要なのは、金に変えるべき「元の硬貨」だ。
普通の金貨は鋳型を使って鋳造するけど、俺の場合はワンオフになる。
型を作るのはいくら何でも無理だ。と言うか、さすがに量産しようとは
思ってない。そこまですると怖い。引き返せなくなる気がする。
だから、見本となる本物を見ながら作ったものを金に変える。これなら
大量生産しようとは思わないし…
いや、ちょっと待てよ。
別に、元の硬貨を金属で作る必要はない。もっと柔らかい物でもいい。
最終的に金に置き換わるんだから、鋳造ではなく単なる型抜きでいい。
なら本物の金貨を使って粘土で型を作り、蝋とかを流せば出来るかも。
…うん、行けそうな気がする。
よし、まずは試作だ。
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今、俺ん家に金貨なんて物はない。いずれ何とか手に入れるとしても、
試作なら別の何かでやればいい。
というわけで、まずは粘土を使ってそれっぽい原型を作る事にする。
彫刻とかは得意だ。空気で硬くなる粘土を使って、金貨と似たような
そこそこ複雑な模様の打刻をする。…まあ、ちょっと遊んでみようか。
昔好きだった児童文学に出てくる、言葉を話すネコをモチーフにする。
…うん。
こういう創作もちょっと楽しいな。偽造というより、新しいデザインの
硬貨を試作してるみたいな気分だ。手先の器用さも家業の修行も、今は
実にありがたいと思える。
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没頭すること半日。
ついに、試作硬貨が出来上がった。
うん、完全に固まってるな。
これなら粘土の圧迫にも耐え得る。そこそこ精度の高い型が作れるな。
よーし、じゃあやってみよう。
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よしよし。
思った以上にいい型が出来たな。
もちろん、そんな本格的なものじゃない。使えるのもせいぜい数回だ。
しかし原型さえあれば、いくらでも型は作り直す事が出来るだろう。
…意外と大金持ちはすぐそこか?
ってな事で、ここに蝋を流し込む。そして固まるのを待って取り出す。
よーしよしよしよし。
いい感じに複製できた。周りのバリ部分を慎重に削り落として完成だ。
元の原型と見比べてもそっくりだ。この精度なら何とかなるだろう。
ではいよいよこれを金貨に変える。
後戻りできない領域に足を突っ込む事になるけど、ここまでやった以上
突き詰めるのが男ってもんだろう。天恵は自己責任だ。
蝋でできた硬貨を両手で包み込み、俺は念を込めた。
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「…ん!?」
確かに天恵【錬金術】は発動した。かすかな光と共に感触が変わった。
だけど、石の時とは何かが違った。あまりにも手応えが…
どうなったんだ一体?
ゆっくりと手を開いた俺は、そこに見たものに目を見開いてしまった。
「…何でだ?」
確かに、蝋の硬貨は金に変わった。間違いなく天恵は発動していた。
だけど。
その硬貨は、両手で包む前と比べ、信じられないほど「縮んで」いた。
見間違いかと思ったけど、じっくり見直しても間違いなくネコ硬貨だ。
どうしてこんなに小さくなった!?
石の時はこんな現象は…
「いやちょっと待て。」
取り乱しそうになった俺は、そこでふと冷静さを取り戻した。
石は大丈夫だった。
蝋で作った時は縮んでしまった。
一律で縮小するなら、石も縮むのが道理ってもんだろう。しかし現実は
そうじゃない。なら、どうして石は縮まなかったのか。
………………
「そうか、比重か。」
そう言えば、帰る途中で拾った石はかなり重かった。だから金にしても
大きさが変わらなかった。あるいは気付かないくらいの変化だった。
だけど蝋は軽い。だから同じ重さの金にまで圧縮されてしまったんだ。
つまり、少なくとも金を得るために「同じ重さ」が必須って事なのか。
って事は…
もっと原型を大きく作れってか。
使えねえなぁ俺の天恵!!