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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
504/597

ルーベリの混沌

銃声。

悲鳴。

怒号。


王宮から聞こえてくるそんな音に、ヤマン共和国の首都ルーベリでは

形容し難い恐慌が生じつつあった。


何が起こっているのか。

他国の侵略か何かだとしても、なぜいきなり王宮が戦場になったのか。

そもそも、どのような武装でそんな無謀な戦いに臨んだのだろうか。

襲い来た賊には、それでも勝てるという確固たる自信でもあったのか。

しかしそんな強力な兵器が、ここに運び込まれた痕跡も気配もない。

要塞並みの防衛力を誇っている王宮に対し、どんな攻撃をするのか。


誰もが不安を抱くと同時に、得体の知れない好奇心を刺激されていた。

共和国とは名ばかりの、皇帝による独裁が成されている現在のヤマン。

その首都に住まう人たちは、誰もが繁栄と反比例する息苦しさと矛盾を

抱えている。こんな閉塞した空気を根こそぎ変えてくれる風を、民衆は

秘かに望んでいたのかも知れない。


独裁はもうひとつの鬱屈を生んだ。

皇帝ヴェルノムク三世は、徹底的に天恵を拒む思想の持ち主だった。

いくら世界的に廃れたと言っても、天恵を望む人間はいつの時代にも

必ず一定の割合で存在する。それを許さない皇帝の独裁は、国内にも

国外にも歪みを生じさせる。今さらローナの怒りを実感として怖れる

人間など、ほとんどいない。だからこそヴェルノムク三世も強気だ。

天恵を求める自国民に対し、激しい弾圧を行う事も日常茶飯事である。

そんな中で起きた、マルコシム聖教の聖都蹂躙。細かい事情に関しての

情報は規制されたものの、「それ」を成したのが天恵使いだという噂は

瞬く間に国境をも越えた。鬱屈した現状を変える力がもしあるのなら、

あらためて天恵を欲する。そういう気運は、抑制された国の中にさえも

少しずつ広がっていったのである。


そして今日。


この首都ルーベリで何が起きたか。それはもしかすると、今のこの国を

変え得る事なのか。答えが欲しい。そんな歪な思いが、王宮を臨む場の

人々に蔓延していく。熱病の如く。


幾人かの冷静な人達は不審に思う。

いくら何でも、王宮の中で起こる声が鮮明に外に聞こえ過ぎでは?と。

もしかすると、何かしら特殊な力で外へと拡声されているのでは?と。

しかしそんな些細な違和感などは、場を満たす熱気の前ではどこまでも

無力で無意味だった。それが天恵によるものでは…という疑念もまた、

大勢の思いの前に塗りつぶされる。


新たな悲鳴。

そして小規模な爆発。

かすかに立ち上る煙。


あくまでも王宮の中の出来事であるにもかかわらず、首都ルーベリには

連鎖的に緊張が広がっていく。


そんな混沌の中を。



一匹の、銀色の虫が飛んでいた。


================================


その姿を目にする人は、大勢いた。

しかしまともに注意を向ける者は、誰一人としていなかった。

それどころではないという場の空気の中を、その虫は軽やかに飛ぶ。

やがてその細長い影は、首都の北側を流れるオクセン川が蛇行している

地点の上空で停止。そのまま対空を続け、何度か体の向きを変えた。


王宮の北側はほとんど出口がなく、目立つ建物などもない。そのため、

このあたりは騒ぎの渦中にあってもひと気が無い。喧騒からは遠い。

河原までは高さがあり、下り階段もかなり下流の橋の近くにしか無い。

要するに、誰の視界にも入らない。そんな、首都の真っ只中において

ポツンと忘れられているポイント。


一瞬の静寂ののち。


高度を下げた虫のすぐ下の水面が、だしぬけにザバッと泡立った。

そこから姿を現した大きな四角形の物体が、水を滴らせながら河原へと

一気に上ってくる。


異様な光景は。



やはり、誰にも目撃されなかった。


================================


ある程度の水を地面に滴らせた後。

その物体の側面部が勢いよく開き、中から何かが二つ飛び出してきた。

そして。


「ああ怖かった!」

「浸水してないか浸水!?」

『大丈夫だって言ってんじゃん。』

「怖い事に変わりはないよっ!!」


物体―オラクモービルから、逃げるように降りたネミルが甲高い裏声で

そう訴える。すぐ隣で荒い息をつくトランもまた、顔色が青かった。


「前の部分はただの中古車だぞ!?水に沈めたりしたら…!」

『ずーっと一体化してたんだから、その辺の改造はとっくに済んでる。

あたしを甘く見なさんなよ店主。』

「……俺の店が……どんどんおかしな何かになっていく…」


「あー面白かった。」


最後に悠然と後部から降りたのは、やはりローナだった。


「水陸両用キッチンカーか。これぞロマンってやつですねえ。」

『分かってるわねえ、さすが。』

「………………」


理解できないといった表情を仲良く浮かべて、トランとネミルが言葉に

窮する。しかし二人も、あきらめ顔で小さく肩をすくめた。


やっと辿り着いた首都ルーベリは、既に厳戒態勢になっていた。

キッチンカーなどという怪しい車が入る事は、とてもじゃないが無理。

ひと足遅かったかと嘆く間もなく、軍用車両が続々と街にやって来る。

おそらくは増援だ。なら自分たちも急がないと、万が一の事態もある。


「だったら川から潜入しよう。」


タカネの判断に、迷いはなかった。

あれこれ質問するような間もなく、オラクモービルは川の中に沈んだ。

悲鳴を上げるネミルにはお構いなしで、暗い水の中を快調に飛ばした。


GF―FX(ドラゴンフライ)を斥候に出して探索。

ひと気のない場所を選んで上陸。


『すべて問題なし。』


誇らしげに言い切るタカネに対し、トランとネミルは黙って頷いた。

もう、そうするしかなかったから。


結果こそがすべて。



ついに、首都ルーベリに到着した。

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