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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ミルケスの瞳に映る者は

「死にましたね。」

「誰が?」

「ジクレ・ノイルン。【睨む蛇】の使い手です。」

「あー、あの子かぁ。」


他人事なんだな、やっぱり。

今ここに至ってもなお、皆の生死はこの女にとっては他人事なんだな。

まあ、分かってはいたけど。


「どうしたのオレグスト君。」

「は?」

「あたしの顔に何か付いてる?」

「いえ、失礼しました。」


知らぬ間に、ネイルを凝視していたらしい。あわてて視線を逸らす。

他の面々は、そんなやり取りに何の興味も示さなかった。


「あ、また死にました。」


木の椅子に座る痩せた女が、抑揚のない口調でそう告げる。己の告げる

言葉の重さを、完全に無視しているかのような態度。今度は誰だ?


「ミグモ・ラーボですね。」

「………」


答える気になれなかった。

今さら責任逃れとか、そういう事を考えてるわけじゃない。ただ単に、

あまりにも実感が湧かないからだ。今何を言っても、薄っぺらな言葉に

なってしまう確信がある。


ミグモ・ラーボか。

【粘指】という、読んで字の如くの天恵を得た青年だ。手足を壁面に

貼り付かせ、自由に這い回れる力。度胸さえあれば、どんな建物にでも

潜入できそうな天恵だった。

冗談ばっかり言う奴だったっけな。大泥棒になってみせますと、笑って

宣言していた顔が思い出される。


あいつが死んだか。

先走ったのかも知れないな。

あるいは本格的な戦いになる前に、皇帝の寝所に忍び込もうとしたか。

大ごとになる前に、目的を達成してしまおうとでも考えたのか。


馬鹿な奴だ。



本当に。


================================


俺たちの目の前に座り、固く両目を閉じている金髪の女。

名をミルケス・オーディという。


天恵は【千の目】。俺が鑑定したのではなく、ロナモロス教に入信する

ずっと前に既に宣告を受けていた。今となってはかなり珍しい存在だ。

それは、あらかじめ指定しておいた人間の生死を視界に投影する能力。

どんなに離れていようと、その相手が死んだ時点で「見える」らしい。

正直、想像できない。どういう感じで見えるのかが。本人にしかない

独自の感覚で察知するのだろう。


ちなみに、生死を把握できる上限の人数は分からないらしい。指定した

対象が死ねばリセットされるので、どんどん数が積み増されるといった

事にはならない。ずいぶん以前に、何人まで把握できるかを知るため、

手当たり次第に指定をしたらしい。しかし、400人を超過した時点で

嫌になってやめたんだとか。まあ、そりゃ無理もないよなと納得した。


と言っても、天恵の名前を鑑みれば大体察しはつく。多分1000人が

上限なんだろう。とことん規格外の能力である。相応しい仕事があれば

大いに活躍できただろう。しかし、今の時代は天恵に対しては冷たい。

どっちみち彼女は、ロナモロス教に来るしかなかったのか…とも思う。


最初の頃は、特に想定しなかった。だからエフトポが死んだって事も、

すぐには把握できなかった。しかし状況が変わり、逆風が吹き始めた。

誰がいつ死ぬか分からない状況で、彼女による認識は必須となった。

ゲイズ、もといブリンガー・メイが今度こそ死んだという事も、彼女が

天恵を使って確認した。にわかには信じられなかったが、メイは二度と

戻って来なかった。それが全てだ。もう今さらミルケスの告げる事実を

疑う気にはなれなかった。


そして今日に至る。



ヤマン共和国に挑む、今日の日に。


================================


ジクレ・ノイルン。

ミグモ・ラーボ。


どちらも、俺が【鑑定眼】によって天恵を見た人間だ。二人とも喜んで

天恵宣告を受けた。…何と言うか、あの頃は本当にやり甲斐があった。

来たるべき蜂起の時に備え、自分の力を研鑽していた。グレニカンへの

侵略の際も、揃って参戦していた。自分たちの成すべき事はこれだと、

本当に活き活きしていたっけな。


そんな二人が、呆気なく死んだ。

やはり、ルーベリの守りはそれほど固いという事だ。完全な不意打ちが

成功したグレニカン蹂躙とは違う。これは文字通りの「戦争」だから。


誰が望んだ戦争だ。

何を得るための戦争なんだ。


それを深く考えるのは、もう単なる自己否定にしかならないのだろう。

ヤマンのヴェルノムク三世に挑むと決めたのは、他でもないネイルだ。

厳選した精鋭たちが世界最強であるヤマンに勝てれば、ロナモロス教の

力を世界中に知らしめる事になる。それこそが全てだとネイルは言う。


何がどう全てなんだよ。


確かにあんたは凄いよ。天恵もそのカリスマ性も、紛れもなく無二だ。

教主であるミクエさえも操ってその勢力を広げてきた手腕には、確かに

今でも感服している。嘘じゃない。


だけど、あんたの目的はどこまでも浅い。雑な言い方が許されるなら、

ガキの絵空事に等しいんだ。それをその立場で真面目に実行するから、

世界はかき乱される。災厄が広がる結果にもなる。実にタチが悪い。

そんな事をいつまで………………


何を言ってんだ、俺は。


ネイルを糾弾する資格なんて、俺にあるはずがない。お笑い種だよ。

やつらは、死を恐れない兵士として完成した。シャドルチェの【洗脳】

を受け、戦場で死ぬ事への忌避感を完全に消し去られた狂人と化した。


ランドレの離反は、ある意味本当に運命的な事だったのかも知れない。

いくら何でも、あの娘がこんな事をやるはずがない。仮にも仲間として

認識していた大勢に、死を強要する暗示をかけるなどという行為は。

シャドルチェでなければ、こんな事は絶対に出来なかっただろう。


モリエナの裏切りも含め、何もかもネイルの思い描いたとおりなのか。

そう思えてしまうほど、今の状況は奇妙な整合性を含んでいるんだ。

結果的に、俺たちはここでミルケスからの宣告をただ待っているだけ。

そしてネイルは、ミルケスの言葉に何の感情も見せていない。


駒が減っていく。

ただそれだけ。


王宮は、ゲームフィールドだ。

どんな形で終わるのか。


「あっ」


ミルケスが口を開く。開くなよ!


「ダゴさんも死にましたね。」

「そうか。」


機械的に聞き流して俺は座り直す。

もう、あれこれ考えるのはやめた。



死のカウントは続く。

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