睨む蛇の女
天恵?
恵神ローナ?
バカバカしい。
15歳になったら授けられるって、どうしてそんな中途半端なのよ。
しかも宣告を受けるまでどんな力か分からないって、博打でしょそれ。
待ちに待った末にろくでもない力を押し付けられたら、人生が歪むよ。
事実、そうして歪んでしまった人の実例は、いくらでもあるらしいし。
せめていくつかの候補の中から選ぶ事が出来るとか、生まれるより前に
判明するとか、そういうのないの?恵神とか名乗るなら、そのくらいの
サービスがあってもいいじゃない。そんな贅沢言ってるかな、あたし?
自分だけの人智を越えた力。誰でも憧れるのが当たり前の事だと思う。
だけど今じゃすっかり廃れていて、やろうと思えばかなり金がかかる。
後ろ指を指される。あげくの博打。何なのよ、このハイリスク仕様は。
「天恵を求めるな、ジクレ。」
父は、いつもあたしをそう諭した。辛抱強く諭す姿は、確かに親として
正しかったと思う。あたしは今でも父の事を、人として尊敬している。
もう二度と会わないんだろうけど、それでも恨んだりはしていない。
だけどあたしは、どうしても天恵の理不尽さが納得できなかった。
だからこそ家を出て、ロナモロス教の門を叩いた。恵神ローナに対する
妄信からじゃなく、天恵宣告という大きな矛盾の答えを求めて。正直、
あんまり期待はしてなかった。ただ何でもいいから理屈が欲しかった。
このバカげた授かりものに対する、誰かの理屈を聞きたかっただけだ。
だけど、ここにはいたんだ。
オレグスト・ヘイネマン様が。
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教団の重職に就いている身ながら、彼はいたって気さくな人物だった。
自分に何が出来るのかについても、あっさりと明かしてくれた。
彼の天恵は【鑑定眼】。他人の天恵の内容を看破できるという能力だ。
冗談かと思ったけれど、紛れもない本物だった。実際に何度も見た。
鑑定をしたからと言って、神託師のように覚醒させられる訳じゃない。
ただ見るだけ。そこが能力的な限界なのだと、彼自身が言っていた。
規格外であっても、あくまで天恵の枠組みの中に収まっているのだと。
それでもあたしは、感激に震えた。彼のその能力こそが、子供の頃から
求めていた矛盾の答えだったから。
そしてあたしは、己の天恵を知り。
迷うことなく、天恵宣告を受けた。
【睨む蛇】。
視界に入れた相手の動きを封じる、文字通り蛇のような能力である。
単に動けなくするだけでなく、呼吸や心拍まで止める。要するに殺人に
特化している能力だ。待ちに待った15歳の宣告の日に、こんな能力を
授けられた子供は絶望だろう。後は犯罪者になるしかないって感じか。
もちろんあたしは、オレグスト様に鑑定してもらってからの宣告だ。
もう今さら家族の許にも戻らない。清廉潔白に生きる気もない。ただ、
己に正直に生きていくだけ。それを後ろめたい事だとは絶対思わない。
だって、これ天恵なんでしょ?
時代が時代なら、当たり前のように自分のものになっていた力でしょ?
だったら、それに見合った生き方を選ぶ事に何の罪があるってのよ。
文句があるなら、それこそ恵神様に言ってよね。あたしの知った事か。
望む力を得た、というのはいささか語弊がある。そこまで都合のいい
話じゃない。だけど少なくとも今、あたしは自分の天恵に納得してる。
それをどう使うかについても、己の中にちゃんと納得を抱いている。
シャドルチェさんだって、あたしの可能性に期待すると言っていたし。
ロナモロス教のため、あたしは命を懸ける。
手前勝手な理屈で天恵を否定する、ヤマンの現皇帝ヴェルノムク三世。
この男に、天恵の力を見せつける。そして世界を変えていく。
まずはこの王宮。あたしとワガミ・カルロの力で、見張りを全て倒す。
丸裸にしてから、他の面々の能力で中にいる全員を蹂躙していく。
タリーニの聖都グレニカンと同じ。有無を言わせず染め上げていく。
あたしはその歴史の目撃者に、いや当事者になる。先駆けとして進む。
こんな王宮なんて、あたしの力
パアァァン!!
銃声。
パッと上がる血飛沫。
ジクレ・ノイルンの体は、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
蛇のように細かった両目の瞳孔が、ゆっくりと散大していく。やがて、
かすかな眼光も消え果てた。
「仕留めたか。」
「ああ。」
防壁の窓から狙撃した兵が、傍らの同僚の言葉に短く答えた。
「やっぱり来たのか、天恵持ち。」
「間違いない。そしてあの女だけという事は絶対ない。油断するな。」
ジャカッ!
ライフルの弾丸をリロードし、兵はぐっと表情を引き締める。
「マルニフィートの警告通りだ。」
「怪しい奴は全員仕留めるぞ。」
「よし。」
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天恵?
バカバカしい。
あたしは
ここで
終わり
か
……………
父さん
ごめんなさい
ジクレの最期の言葉は、誰の耳にも届かなかった。