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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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曇天の下の闇

雲が出ていた。

しかし、雨になる気配はなかった。


首都ルーベリにおいては、珍しいと言ってもいい天気だった。

晴れるか雨か。特に今の季節なら、そういう二極化した天気が一般的。

ただ曇るだけの日など、一年通じて何日もない。そんな稀有な天気。

薄暗い曇天は、その下に広がる灰色の王宮に限りなく馴染む。まるで、

それは陰鬱な一枚の絵画の如き光景だった。


「…降らないよな。」

「その心配はないだろう。」


外堀のすぐ外側を歩いていた兵士が二人、言葉を交わしつつ空を仰ぐ。

歩哨の任務中に雨に降られるのは、兵士にとっては何よりも不吉な事と

されている。雨の日の歩哨ではなく「歩哨の最中に降る」だ。二人とも

それを危惧しての言葉だった。


「まあ、あと1時間半だ。それまで降らない事を祈ろうぜ。」

「だな。終わったら暖かいコーヒーでも飲んで…」


交わす言葉が、そこで途切れた。

怪訝そうなもう一人も、口を開いたところで大きく目を見開く。

二人とも、同じ方向に視線を向けたまま硬直していた。視線の先には、

一人の痩せた女の姿があった。


女の目は、かすかに発光していた。

曇天でなければまず気付かなかったであろう、ほんのかすかな青い光。

それを見た瞬間、二人とも動く事が出来なくなっていた。やがて彼らの

全身が、細かく震え始める。呼吸をしていないがための痙攣だった。

硬直は、手足だけではない。呼吸器を含めた体全体にまで及んでいた。

息が出来ない。声も出せない。ただ相手の目を見ているだけ。まるで、

蛇に睨まれた蛙のように。


きっかり5分後。

女の目を凝視する直立姿勢のまま、二人の兵士は物言わぬ骸と化した。

硬直した体は、死してなお真面目に立ち続けている。しかしその様も、

長くは続かなかった。


「はい、お務めご苦労さま。」


そう言った女が、悼むような表情でスッとその目を閉じた瞬間。

彫像のように立ち尽くしていた骸の硬直が解け、ほぼ同時に倒れ伏す。

再び目を開けたその女は、踵を返し足早に歩き去った。



雲は、さらに重く暗く垂れこめる。


================================


「…おい。外の二人からの定時連絡が来ないぞ。」

「外の二人って、正面の門か?」

「そうだ。」

「何やってやがるんだよ…」


言いながら大柄な男が立ち上がり、無線室のドアを荒っぽく開けた。


「見てくる。そっちは無線の確認を続けてくれよ。」

「ああ。もしサボってたら厳罰だ。遠慮なく報告してくれよ。」

「任せとけ。じゃあ…」


そこまで言った大柄な男が、不意にその視線を廊下の奥へと向ける。

何かが横切った。確かに、その姿が見えた。兵士ではない誰かの影が。


「誰だ?」


押し殺した声で、そう呼び掛ける。しかし当然、何の答えも返らない。

腰を落とした姿勢を取り、男は腰のホルスターから拳銃をそっと抜く。


誰かいる。間違いなく誰かがいる。それも、かなり近い間合いの中に。

いくら何でも、この監視塔の中までいきなり侵入するというのは変だ。

どこから接近しようと、必ず外堀の歩哨に目撃される。という事は…


まさか、外の奴らも殺られたのか?

定時連絡が無いのも、そのためか?


だが、誰が何の目的で?

このルーベリ王宮は、下手な要塞をはるかに凌ぐ堅牢な防備を誇る。

他国の侵攻に備えてのその守りを、わざわざ突破しようというのか。

聞いている限りでは、他国とそんな本格的な軋轢などは生じていない。

あえて挙げるならば、キナ臭いのはイグリセ王国だ。しかしそれでも、

こんな事をする理由など…


「おい、どうした?」


無線室からの声がやけに遠い。俺が集中してるからか。いずれにしても

答える余裕がない。今うかつに声を出すと、決定的にまずい気がする。

この廊下のどこかに侵入者がいる。しかも近い。気配は間違いない。


研ぎ澄ませ。

相手が接近して来れば、必ず何かの音が聞こえるはずだ。それを拾え。

廊下は狭い。そして短い。どこから接近しようと、必ずその気配を…


「…ん?」


何だ、この違和感は。

何かが抜け落ちているかのような、形容し難い感覚。銃を抜いた時には

感じていなかった、あるべき何かがすっぽり抜け落ちたこの感覚は…


出し抜けに、全身に悪寒が走った。違和感の正体は、鮮明だった。

銃のホルスターの左側に差していたナイフが「抜き取られて」いる。

無線室を出る時に確かめたはずだ。その時は、間違いなく差していた。

銃を構えた時でさえ、手首に触れた感触はあった。それも憶えている。


じゃあ、いつ抜かれたんだ。

これほど神経を研ぎ澄ませている、この俺のどんな隙を突いたんだ。

接近ですら困難なはずなのに、腰に差しているナイフを抜き取るなんて

どう考えてもおかしい。そんな事、どんな手練れでも出来るはずが…!


脇腹に、鋭い痛みが走った。

あばらの隙間から、ナイフを深々と刺し込まれたという確信が生じた。

戦闘の末の一撃じゃない。まるで、バターにナイフを入れるかのような

何気ないひと突き。力さえまともに込められていない。ゆっくり狙って

ゆっくり刺し込んだのだろう。


致命傷だ。

走り抜けた激痛が意識を刈り取り、呼吸が止まる。全身の力が抜ける。

倒れる直前、俺は相手の姿を初めて見た。俺のすぐ傍らに立っていた。

息子よりほんの少し年上の青年だ。ラフな格好にナイフが似合わない。

どう見ても、兵士の類ではない。


そうか

そういう事か


こいつは、天恵持ちだ。


消えゆく意識の中、子供だった頃に聞いた天恵の話を思い出した。

確か【見えざる者】だったか。

相手の認識を阻害し、接近する己を感知させない能力だと聞いたっけ。

そんな力が使えれば、世界中の兵を相手にしても負けないだろうなと

子供心に思った。遠い日の記憶だ。


こいつの天恵は


たぶん


それだ


無線室に

入っていく


中から聞こえる


一瞬の


悲鳴


ああ


こいつ



……………………………


================================


外は、ますます暗くなっていた。

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