錬金術師の憂鬱・2
「別の物質を金に変える…?」
何を言ってるんだよと思ったけど、トランもネミルも冗談を言っている
気配はなかった。というか、どこか後ろめたそうな気配すらあった。
…いや、本当なら確かにヤバい。
「マジかよ。」
「ああ、そうらしい。」
「何で知ってるんだそんな事?」
「…まあホラ、神託師を受け継いだ関係でいろいろ勉強したから。」
ネミルの説明は若干ぎこちなかったけど、別に疑う理由はなかった。
と言うか、その天恵を得たのはこの俺だ。嘘だとしてもすぐにバレる。
さすがにそんなすぐバレる嘘なんかつかないだろう。
「…分かった。ありがとう。」
とにかく、試してみれば判る事だ。ならさっさと帰って実践あるのみ。
大急ぎで荷物を取りに行った俺に、トランがポツリと言った。
「おいジェレム。」
「うん?」
「あんまり変な事に使うなよ。」
「分かってるよ。じゃあな。」
忠告のつもりなのかも知れないが、俺にとっては余計なお世話だ。
天恵は個人の力。そして自己責任が鉄則。それは昔から決まっている。
俺が何をしようと、宣告しただけのネミルに迷惑はかからないだろう。
ともあれ、予想以上で期待以上だ。
俺の人生も、ようやく大きく動いたようながする。
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限りなく当たり前だが、天恵宣告を受けるのは一生に一度だけ。正直、
どんなものか見当もつかなかった。宣告を受けただけで使えるように
なるのかも、想像できなかった。
しかしどうやら杞憂だったらしい。いざ宣告を受ければ、少なくとも
どうすれば力を使えるのかくらいは感覚で分かる。さすがは天恵だ。
【錬金術】か。
トランたちの話を信じるなら、他の物質を金に変える事ができる力だ。
まあ何と言うか、貧乏人にとっては夢のような力だろう。やり方次第で
いくらでも儲けられそうだと思う。
まあ、何はともあれ試してみよう。
「よし。」
帰るまでの道すがら、大きめの石を4つほど拾ってきた。
…まずはシンプルに、これらを金に変えてみるとしようか。
内側から湧き上がる本能に任せて、一番小さな石を掴み上げる。そして
両手ですっぽり包むと、後は感覚で念を込めてみた。
と、次の瞬間。
パッと一瞬だけ手が淡く光り、石の表面の感触が明らかに変化した。
恐る恐る開いてみると、紛れもない金の塊に変化していた。
「…マジか、おい。」
思わずかすれ声を上げてしまった。半信半疑だった思いが振り切れる。
…すげえな錬金術。
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さて。
少し落ち着いて、金に変わった石をしっかりと観察してみる事にする。
ちなみに、まず1つだけに留めた。
仕事柄、この石が純金だという事ははっきり確信できる。間違いない。
これが俺の天恵なんだろう。
ではまず、この石で何が出来るかを具体的に考えてみよう。
そのままでは役に立たない。価値で言えば相当な額になるだろうけど、
だからと言ってこれで買い物なんか出来るわけがない。それどころか、
下手すれば捕まってしまうだろう。天恵で人生が詰む展開は避けたい。
それなら、どこか専門の店に行って買い取ってもらうべきだろうか。
今現在の金のレートは知らないが、少なくとも少なくない金額になる。
それだけは確かだ。ならばそれで…
いや、ダメだ。
ホイホイ持ち込んだりしたら、ほぼ確実に怪しまれる。そして絶対に、
入手経路を訊かれる。当然の話だ。出所が怪しい金の塊なんて、誰でも
まず犯罪がらみを疑うだろうから。
なら、正直に言えばいいだろうか。少なくとも、実証ならすぐできる。
目の前で実践すればいい。手品じゃないんだから、信じてはもらえる。
何だ簡単な話だ。それで全て解決…
するわけないだろうが。
そんな力を披露すれば、間違いなく大変な事になる。そもそもこの力は
金を無限に産出しているに等しい。つまり金相場崩壊を招きかねない。
下手すれば殺される可能性もある。盗んだといった方が、まだマシだ。
ならもう、裏のルートで売りさばくしか方法は…
そんなルート、知ってるわけない。俺はただの金物修理の請負職人だ。
犯罪なんか、欠片も縁がなかった。もちろんこれからも縁はいらない。
重ねて言うが、天恵のせいで人生が詰むなんて展開はまっぴら御免だ。
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「ダメだ。」
思わず声に出してしまった。それでかえって確信が持てた。
どう考えても、この金に変えた石を金に換える方法は思いつかない。
何をどう立ち回ろうと、最終的には犯罪になるか社会的に殺されるかの
二択しかない気がする。
おい何なんだよこれは。
ここに来て俺は初めて、自分の得た天恵の厄介さに気付き始めていた。