俺たちの決意
そういう話は、予想してなかった。
まさかネミルが、ルトガー爺ちゃんの跡を継ぐ事になっていたとは。
予想できなくもなかったけど正直、微塵も浮かんでこない話だった。
「…あたしが、神託師に?」
「そうだ。」
困惑に満ちたネミルの問いに対し、親父さんの口調は決然としていた。
きっとこれは、最初から決まってた事なんだろう。翻意の気配はない。
最初っていつなんだ…って、そんなの考えるまでもないか。
この親父さんが、一人っ子になってしまった時だ。自分の代で神託師を
途絶えさせないために、末の子供をルトガー爺ちゃんの跡継ぎにする。
それは多分、ネミルや俺が生まれる前からの決定事項だ。
今ここで何か言って覆せるような、そんな軽い話じゃない。
それだけは実感できた。
あとは…
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「あたしにできるの?神託師なんてお仕事…」
「……………」
消え入りそうなほど小さなネミルの言葉に、親父さんは答えなかった。
しばしの沈黙ののち。
「もちろん、天恵を見る事ができるように修行をする必要はある。」
そう言った親父さんは、小さく肩をすくめて口調を変える。
「だが最悪、それが出来ずじまいだとしてもいいんだよ。」
「えっ?」
「何度も言うようだが、今の時代の神託師は本当に名ばかりの存在だ。
それはお爺ちゃんも自覚していた。私も正直、実際に天恵を告げる姿は
見た事がない。だから、たとえ実際に出来なかったとしてもいいんだ。
お爺ちゃんの跡を継ぎ、次の世代をもうけて、またその職を継がせる。
絶やさない事こそが、私たちの務めなんだという事を分かってくれ。」
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再びの沈黙が満ちた。
誰も何も言わなかった。
俺も黙っていた。
言いたい事は、顔に出ていたのかも知れない。それはそれで構わない。
だけど俺は、あえて黙っていた。
名ばかりでいいから跡を継げ、か。そんで子供を作って、また末っ子に
同じ職を継がせるってか。なんか、どこまでいっても空っぽの話だな。
神託師ってのは、そんなにしてまで守らなきゃいけない聖職なのか。
もちろん、世襲制の運命そのものを否定する気はない。どこの世界にも
そういうのは存在しているだろう。俺がとやかく言える事じゃない。
だけど、別に出来なくてもいいから継げっていうのはスッキリしない。
ネミルのこれからが決まってしまう話だってのに、中身がなさ過ぎる。
ある意味、過酷な運命を背負うよりずっと納得のいかない話だ。
言いたい事は色々ある。それでも、俺は黙っていた。
今は俺の番じゃない。けど俺の番は必ず回ってくるはずだから。
腹を括るべきは、きっとその時だ。
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長い沈黙ののち。
「トラン君。」
「はい。」
ネミルの親父さんに声をかけられ、俺は向き直った。いよいよか。
「ご両親と一緒に来てもらったのは他でもない。今後の事を相談する…
という話になった際、ネミル自身が君の同席を強く求めたからだ。」
「分かってます。」
返答は迷わなかった。俺にとってはもう、今さらな話だったから。
「一応聞いておくが、神託師の職をネミルが継ぐ事は知っていたか?」
「もちろん知りませんでした。」
「だろうな。」
本当に一応の確認だったんだろう。親父さんはちょっと苦笑していた。
知らなかったのは当然だし、むしろどうでもいいってのが本心だ。
何度目かの、短い沈黙ののち。
「…では、君から聞かせて欲しい。君が、いや君とネミルがこれから、
どうしていきたいのかを。」
「はい。」
ようやくここまで話が至ったか。
俺の両親も、俺の次の言葉をじっと待っている。もちろん、ネミルも。
焦りも緊張もない自分が、ちょっと誇らしかった。
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「僕は、独立して喫茶店を開きたいと考えています。」
言いながら、俺は妙な感慨を覚えていた。ああ、これって確か誕生日に
言い損ねた所信表明だったなあと。
「小さくてもいい。ネミルと一緒に店をやってみたいんです。」
「この子を雇う、という事かね?」
「違います。」
分かってんだろと言いたい気持ちをぐっと抑え、俺は粛々と答えた。
「いずれ結婚したい、という前提でです。それが俺の目標です。」
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沈黙は何度目になるだろうか。
とりあえず、噛まずに言い切った。その点は自分をほめてやりたい。
言い切った後は不安になるかも…と思ってたけど、意外と平気だった。
目の前に座るネミルの表情が、俺の不安を消し去ってくれていた。
そして。
「ネミル。」
息をついた親父さんが、ゆっくりとネミルに問いかけた。
「お前は、それでいいのか?」
「それ「で」いい…じゃないんだよお父さん。」
誰も予想しなかったほど強い口調で言い放ち、ネミルは立ち上がった。
そして皆の顔を見回し、吹っ切れたような表情で告げる。
「あたしはそれ「が」いいの!!」
最後の方はほとんど叫び声だった。みんなちょっと圧倒されていた。
だけど俺は、そんなネミルの様子を笑って見ていた。
よく言ってくれたネミル。
きっと爺ちゃんも喜んでるぜ。
神託師を継ぐ?
そんなの、今はどうでもいい話だ。
19歳になった俺の夢。俺の目標。そして幼馴染みのネミルの願い。
爺ちゃんの亡骸を前にして、二人で誓った。涙を拭いて誓い合った。
これが、俺たちの決意ってやつだ。