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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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俺たちの決意

そういう話は、予想してなかった。

まさかネミルが、ルトガー爺ちゃんの跡を継ぐ事になっていたとは。

予想できなくもなかったけど正直、微塵も浮かんでこない話だった。


「…あたしが、神託師に?」

「そうだ。」


困惑に満ちたネミルの問いに対し、親父さんの口調は決然としていた。

きっとこれは、最初から決まってた事なんだろう。翻意の気配はない。


最初っていつなんだ…って、そんなの考えるまでもないか。

この親父さんが、一人っ子になってしまった時だ。自分の代で神託師を

途絶えさせないために、末の子供をルトガー爺ちゃんの跡継ぎにする。

それは多分、ネミルや俺が生まれる前からの決定事項だ。

今ここで何か言って覆せるような、そんな軽い話じゃない。

それだけは実感できた。


あとは…


================================


「あたしにできるの?神託師なんてお仕事…」

「……………」


消え入りそうなほど小さなネミルの言葉に、親父さんは答えなかった。

しばしの沈黙ののち。


「もちろん、天恵を見る事ができるように修行をする必要はある。」


そう言った親父さんは、小さく肩をすくめて口調を変える。


「だが最悪、それが出来ずじまいだとしてもいいんだよ。」

「えっ?」

「何度も言うようだが、今の時代の神託師は本当に名ばかりの存在だ。

それはお爺ちゃんも自覚していた。私も正直、実際に天恵を告げる姿は

見た事がない。だから、たとえ実際に出来なかったとしてもいいんだ。

お爺ちゃんの跡を継ぎ、次の世代をもうけて、またその職を継がせる。

絶やさない事こそが、私たちの務めなんだという事を分かってくれ。」


================================


再びの沈黙が満ちた。

誰も何も言わなかった。

俺も黙っていた。

言いたい事は、顔に出ていたのかも知れない。それはそれで構わない。

だけど俺は、あえて黙っていた。


名ばかりでいいから跡を継げ、か。そんで子供を作って、また末っ子に

同じ職を継がせるってか。なんか、どこまでいっても空っぽの話だな。

神託師ってのは、そんなにしてまで守らなきゃいけない聖職なのか。

もちろん、世襲制の運命そのものを否定する気はない。どこの世界にも

そういうのは存在しているだろう。俺がとやかく言える事じゃない。


だけど、別に出来なくてもいいから継げっていうのはスッキリしない。

ネミルのこれからが決まってしまう話だってのに、中身がなさ過ぎる。

ある意味、過酷な運命を背負うよりずっと納得のいかない話だ。

言いたい事は色々ある。それでも、俺は黙っていた。

今は俺の番じゃない。けど俺の番は必ず回ってくるはずだから。


腹を括るべきは、きっとその時だ。


================================


長い沈黙ののち。


「トラン君。」

「はい。」


ネミルの親父さんに声をかけられ、俺は向き直った。いよいよか。


「ご両親と一緒に来てもらったのは他でもない。今後の事を相談する…

という話になった際、ネミル自身が君の同席を強く求めたからだ。」

「分かってます。」


返答は迷わなかった。俺にとってはもう、今さらな話だったから。


「一応聞いておくが、神託師の職をネミルが継ぐ事は知っていたか?」

「もちろん知りませんでした。」

「だろうな。」


本当に一応の確認だったんだろう。親父さんはちょっと苦笑していた。

知らなかったのは当然だし、むしろどうでもいいってのが本心だ。


何度目かの、短い沈黙ののち。


「…では、君から聞かせて欲しい。君が、いや君とネミルがこれから、

どうしていきたいのかを。」

「はい。」


ようやくここまで話が至ったか。

俺の両親も、俺の次の言葉をじっと待っている。もちろん、ネミルも。


焦りも緊張もない自分が、ちょっと誇らしかった。


================================


「僕は、独立して喫茶店を開きたいと考えています。」


言いながら、俺は妙な感慨を覚えていた。ああ、これって確か誕生日に

言い損ねた所信表明だったなあと。


「小さくてもいい。ネミルと一緒に店をやってみたいんです。」

「この子を雇う、という事かね?」

「違います。」


分かってんだろと言いたい気持ちをぐっと抑え、俺は粛々と答えた。


「いずれ結婚したい、という前提でです。それが俺の目標です。」


================================


沈黙は何度目になるだろうか。

とりあえず、噛まずに言い切った。その点は自分をほめてやりたい。

言い切った後は不安になるかも…と思ってたけど、意外と平気だった。

目の前に座るネミルの表情が、俺の不安を消し去ってくれていた。


そして。


「ネミル。」


息をついた親父さんが、ゆっくりとネミルに問いかけた。


「お前は、それでいいのか?」

「それ「で」いい…じゃないんだよお父さん。」


誰も予想しなかったほど強い口調で言い放ち、ネミルは立ち上がった。

そして皆の顔を見回し、吹っ切れたような表情で告げる。


「あたしはそれ「が」いいの!!」


最後の方はほとんど叫び声だった。みんなちょっと圧倒されていた。

だけど俺は、そんなネミルの様子を笑って見ていた。


よく言ってくれたネミル。

きっと爺ちゃんも喜んでるぜ。


神託師を継ぐ?

そんなの、今はどうでもいい話だ。


19歳になった俺の夢。俺の目標。そして幼馴染みのネミルの願い。

爺ちゃんの亡骸を前にして、二人で誓った。涙を拭いて誓い合った。


これが、俺たちの決意ってやつだ。

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