消せない残り香
毎日が新たな発見。そう表現すれば実に前向きに聞こえるけど、実際は
そんなポジティブな感じじゃない。どっちかと言うと、己の天恵を深く
容赦なく知っていくような感じだ。気が滅入る事もしばしばである。
だけど、少なくとも一つ断言できる事がある。
【魔王】の天恵は、持ち主たる俺にとっては間違いなく、大きな力だ。
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「教皇女がそんな事になったのか。しかもケイナたちまで。」
「若い人ってのは、つくづく考えが足りないね。まあ仕方ないけど。」
悟り切ったような口調で、タカネがそんな事を言う。妙な説得力…
「いくら何でも丸投げなんてしたくないから、あたしも行ってくる。」
「干渉するのか?」
「場合によってはね。だけど多分、名乗るなんて事はしないと思う。」
「…まあ、そうだよな。」
節度があるのかないのか分からないローナの言葉に、俺はごく曖昧に
頷く事しかできなかった。今さらな話だけど、俺の目の前にいるのって
恵神ローナなんだよな。こんな話をしていると、やっぱり自分の常識が
根こそぎ揺らいでしまう気がする。何でこんな事になってるんだか。
でもまあ、教皇女たちが心配なのは俺たちも同じだ。【リセット】は、
使い方次第では世界を変える力にもなり得る。可能性は無限だろう。
だからこそ、今ここで下手を打てば取り返しがつかなくなる。
ローナとタカネが同行するのなら、これ以上心強い話はない。
「じゃ行ってくる。明日の夜くらいには戻れると思うから。」
「ああ。気をつけてな。」
俺が二人に気を付けてと言うのは、何だか逆のような気もするけど。
教皇女たちの人生を左右するほどの事なら、慎重に対処に臨んでくれ。
どっちかと言うと、そんな気持ちを込めたつもりだった。
とは言えここでタカネが抜けると、オラクモービルでの移動は厳しい。
正直ここは俺たちにはアウェーだ。大抵の事には目をつむるだろうが、
この先の事を考えれば…
「出来るだけ早く戻ってくれよ。」
「分かった。」
「了解了解!」
ポロリとこぼした俺の本音に、二人は揃って即答してくれた。
頼むぜ、本当に。
そんなこんなで、今日の営業は俺とネミルで臨む。しかし必要最低限の
タカネの分体が残ってくれている。だったら、気負う必要などもない。
いつも通りの営業をすればいいって事だろう。どうとでもなるよ。
しかし、現実はそこまで甘くない。
事態は時折、俺たちの予想を超える速さで展開していく。
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とは言っても、誰かに前触れもなく襲撃されたとかじゃない。さすがに
そんな非常事態なら、即行で戻ってもらわないと…って話だから。
事態に気付けたのは、俺だけだ。
最近は、俺は悪意の影を見るだけで赤か白かを見分けられるようにまで
なっていた。要するに、見るだけで天恵持ちと判るようになっていた。
ネミルにそれを言ったら、さすがにちょっと不本意そうだったっけな。
まあ、お株を奪う感じだからかな。とは言っても内容などは判らない。
ただ「宣告済み」だと判るだけだ。これと言って用途もなかったし。
だが、午前の営業が一段落した頃に来た客の様子は、いつもと違った。
珍しく俺たちに悪意を持っていない客だったから、嬉しくもあった。
二人連れの男だ。片方は俺と同年代だけど、もう一人はもっと年上。
どういう組み合わせか想像しづらい人物だったものの、詮索する気など
特になかったと思う。
だが、それでも俺は【魔王】の力を常時開放している状態なのである。
明確な悪意の影が見えてなくとも、相手の「状態」は可視化される。
どうやら二人とも天恵持ちらしい。ほんのかすかにだけど、そこまでは
判別できた。
しかし実際に目の前に立ったその姿には、形容し難い既視感があった。
もちろん、初対面だ。それは間違いない。だがそういう意味じゃない。
彼ら二人には、かつて俺が関与した何かしらの「天恵の影」がある。
何なんだ、一体。
天恵持ちだというのは判る。場合によっては、ネミルに看破させる。
そこでヤバい事になれば対処する。もう、そういうのでは迷わない。
だけど、そういう話じゃないんだ。恐らく彼ら自身も自覚していない、
何かしらの影響の残滓が彼らに…
「あ。」
思わず、短く声を漏らした。二人は怪訝そうな目で俺を窺う。だけど、
とっさの作り笑いが出来なかった。そういう余裕が持てなかったから。
思い出した。
この独特の、粘りつくような感触。思い当たればもはや間違いないと、
断言できるほどのどぎつい気配。
これは【洗脳】の天恵の残滓だ。
しかも、ランドレのものじゃない。俺は、彼女のそれを知るよりずっと
前に、実際に見た事がある。そして挑んだ事さえもあったんだ。
目の前の二人から、シャドルチェ・ロク・バスロの気配を感じる。
もちろん本人がリアルタイムで何かしてるって話じゃない。そもそも、
あの女は既に無力化されたはずだ。ランドレたちから聞いている。
しかし【洗脳】の天恵は、はっきり解除されない限り残る。かなり前に
俺がランドレに記憶の操作をされた時も、ローナがいなければずっと
思い出せないままだったはずだ。
目の前の二人は、シャドルチェから何かしらの洗脳を受けている。
誰かに説明するのは難しいけれど、確信がある。こればかりは、天恵の
力だと割り切って考えるしかない。オラクレールを襲撃するより前に、
シャドルチェは彼らに何かをした。その影響が、今でも残ってるんだ。
注文を訊きながら、俺は考えた。
これはこの二人だけの事なのかと。
そんな訳ないだろう。
脱獄させてまで取り込んだあの女の影響が、これだけのはずがない。
こんな場所で遭遇した事実を、偶然だとも思わない。
彼らはロナモロス教の「戦力」だ。
今いる場所を鑑みれば、その事実はあまりにも重い意味を持つ。
決戦の地が、もう近いって事だ。




