イマイチなコーヒー
「苦みが尖ってるなあ。」
そう言って、ローナは赤いカップをそおっとテーブルに戻した。多分、
もう飲む気ないんだろうな。態度と口調で確信できる。明らかに、味に
不満がある感じだった。
まあ確かに。あたしも同感である。
何と言うか、本当に苦い。日本語で書くと苦いってのは苦しみと同じに
なるけれど、変にそんな事実を思い起こさせるような味である。まあ、
今さら日本語でもないけど。
聖都グレニカンの路地に位置する、オシャレなオープンカフェ。
あたしとローナの二人は、この店で一服していた。
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もちろん、暇つぶしとかじゃない。第一、もう完全に夜更けである。
わざわざこんな場所でコーヒーなど満喫する趣味はない。って言うか、
明日も仕事なんだからさ。
だけど、今回ばかりは外せない話になっていた。あたしの方じゃなく、
ローナが事の顛末をきっちり現地で聞いておきたいと言ったのだ。
世情にはあまり関心を示さない彼女でも、やっぱり気になる事はある。
いや、どちらかと言うと彼女的には小さな事の方が気になるらしい。
今日に至る付き合いで、その事実はある程度まで確信してる。だから、
宗教がどうのといった話をわざわざ聞きに来たわけじゃない。要するに
教皇女ポロニヤがどうなったのかを知りたかったってだけだ。
モリエナの手首と一緒に、ゲイズが火口の溶岩の中に叩き込まれた日。
一緒に転移したブレスレット形態のタカネは、そのままグレニカンへと
向かった。もちろん人の姿を作れる個体数ではないので、鳥の姿でだ。
それほど重要な事案でもないので、本体のサポートも不要としていた。
しかし、聖都グレニカンは予想以上にロナモロス教に汚染されていた。
武力蹂躙ですら受け入れ難いのに、今度は街ぐるみの天恵宣告推奨だ。
あっという間に、聖都グレニカンのかつての有様は消える事となった。
何と言うか、モヤッとする状況だ。少なくとも、あたしにとっては。
…いや、何でお前がと言われそうな話ではある。そもそも無関係だし!
とは言え、やっぱり気にくわない。このへんの価値基準は本当に拓美。
自分でも驚くほど、あたしは拓美に近い感覚で世の中を見ているなあ。
って、それはいいとして。
さすがにローナは、そういう話には動じない。天恵宣告がどうなろうが
誰が天恵を何に使おうが、基本的にこだわらない。その辺は、以前から
変わっていないしブレがない。もうあたしもトランたちも慣れている。
たとえ理不尽な形でマルコシム聖教が無くなろうと、天恵を得た者の
行いとして割り切っている。正直、昔のあたしに近い割り切り方かも。
そんな中「鳥タカネ」が伝えてきた緊急事態。教皇女とネクロスたちが
自分たちの天恵や体質を利用して、街に集った神託師に喧嘩を売った。
さすがのローナも、何をやってるんだと呆れ顔だった。ポロニヤに対し
割と思い入れがあるだけに、こんな馬鹿げた茶番は許せないんだろう。
その気持ちはあたしもよく分かる。きっと拓美でも怒っただろうから。
「やっぱり行こう。」
切り替えたローナのフットワークは軽い。
どこまでも軽い。
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こうして、あたしとローナは聖都に赴いた。こういう時のPC転移は、
かつての置換転移魔法並みに便利。あっという間に到着である。これ、
エイラン・ドールの著作をデータ化したらポーニーも召喚できるように
なるんじゃないだろうか…などと、余計な事を考えてしまった。
…それにしても、聖都の真っ只中に恵神ローナがやって来るというのも
なかなか凄い状況である。もちろん誰も気付かないし、もしも名乗れば
火あぶりに処されかねない。何ともシュールだし、ある意味面白いね。
神託師たちとポロニヤたちの諍いは限りなく小規模で、かつ他愛ない。
思った以上に事態の進展は早かったものの、だから何って感じである。
拉致されたケイナの許には、ローナ自らが赴いた。まあ実際に助けたの
あたしだけれど、それは言うまい。見張りの男も催眠粉末でイチコロ。
実際に衝突が起こりそうだった現場も、同じく催眠粉末で一網打尽だ。
拓美に言わせればヌルゲーである。大事の前の小事って、これの事か。
そんなわけで、全員を拘束した。
もちろんポロニヤたちもまとめて。そこにえこひいきは差し挟まない。
あたしじゃなく、ローナの判断だ。もちろんあたしも同意した。
こんなくだらない事で、どっちかに肩入れするなんて選択は片腹痛い。
ケンカ両成敗じゃないけど、ここはさすがに公平に行くべきだろう。
うん、これでいい。
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かくの如き次第で。
後の事は鳥タカネに任せよう、って話でまとまった。ここまで彼女らを
見守ってたのも鳥タカネだし、本来そっちで完結すべき事案だったし。
手助けしたとは言え、あたしたちは蚊帳の外にいるべきだ。やっぱり、
神様とそれに近い存在なんだしね。
彼らが目を覚ます前に場から去り、後の顛末は音声だけで把握する。
それでいいよとローナも言ったし、さっさと落ち着こう。
んで、オープンカフェを見つけた。まあここでいいかと腰を落ち着け、
とりあえずコーヒーを頼んでみた。
うん、苦い。
確かに苦い。
トランのブレンドが恋しいなあ。
うん。




