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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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教皇女と俺たちと

『悪いけど、あなたたち個人の事情にあれこれ配慮する気はない。』


相変わらず俺たちを見下ろしつつ、鳥は抑揚のない口調でそう告げる。

鳥に言われてるという状況が不条理極まりないけど、もはや麻痺した。

そして実際に言われている事にも、納得できてしまっていた。


相手が鳥だという事を除けば、今のこの状況はかなり窮まっている。

おそらくこの鳥は、俺たちが誰かもこの女たちが誰かも全て知ってる。

その上でまとめて拘束したのなら、どちらか一方に肩入れする気もない

という事だ。そして顔を隠しているわけでもない。つまり、ここにいる

者をそのまま帰すという気もない。俺たちだけではなく、女たちの方も

生きるか死ぬかは鳥の判断ひとつという事になるんだろう。



覚悟を決めるしかない。


================================


『それで、教皇女ポロニヤ。』

「えっ!?」


何気ない鳥の呼びかけを耳にして、俺は思わず裏返った声を上げた。

教皇女ポロニヤって、もしかするとマルコシム聖教の次期トップか!?

まさかそんな女が、この場に…!


「はい。」


呼びかけに答えたのは、やはりあの水かぶり女だった。その口調には、

もはや躊躇いや困惑の響きがない。おそらく、腹を括ったんだろう。

チラと傍らを見ると、他の神託師も興味津々といった表情である。


『あなたの天恵の内容は知ってる。で、それで何を成したいの?』

「このグレニカンを」

『グレニカンを?』

「…………………………」

『グレニカンを、何よ。』


答えはなかった。

言い淀んでいる風ではなかった。

俺たちも彼女の側の連中も、彼女の言葉の後が続かない理由は察した。


鳥に委縮して言えない訳じゃない。もし委縮しているなら、ポロニヤと

名前で呼びかけられた時点で否定を選ぶはずだ。そうしなかったなら、

少なくとも俺たちを怖れて答えない訳じゃないだろう。


断定はできないが、おそらく彼女は後の言葉を持っていないんだろう。

本当に教皇女なら、聖都グレニカンの現状は到底見過ごせないはずだ。

公式に発表などはなかったものの、ここが何かしらの方法で武力制圧を

受けた事はもう広く知られている。ロナモロス教の者が、強力な天恵を

使ったのだろうという話だ。それが事実なら黙っていられないだろう。


俺たちとしても、その噂に対し少し思うところはあった。いくら何でも

そんな重大な話が容易く漏れるのはおかしい。後ろめたい情報だから、

ロナモロス教としても手を尽くして隠すはずだ。それがこうもあっさり

世に広まった事を鑑みれば、わざと流布したのではという想像に至る。

公式には発表しない態を保ちつつ、世の中に広める口コミ方式である。


もしそうであれば、天恵を使う事がいかに大きな結果をもたらすかの

絶好の喧伝になる。その後でここを天恵宣告の「盛り場」に変えれば、

御託を並べる以上にマルコシム聖教の影響を丸ごと一掃できるだろう。

乱暴ではあるが、これ以上ないほど効果的な思想誘導の手段だ。


皆、思うところはあった。酒の場でそれとなく話題にした事もあった。

だけど結局、俺たちはそんな情勢に黙って乗っかる事にしたんだった。


ロナモロス教は、それこそ飛ぶ鳥を落とす勢いで「力」を取り戻した。

教主だか副教主だか、何しろ現代のリーダーが組織を立て直したとか。

恵神ローナを崇める宗教なら、そのスタイルはおかしくも何ともない。

「デイ・オブ・ローナ」の恐怖など忘れられ、ただ何となく天恵宣告が

廃れている現代。発想を変えれば、強力な天恵を得た者は世界ですらも

揺るがす事が出来る。ロナモロス教はまさにそれをこの街で実証した。

組織力と財力と強力な天恵。そしていくらかの狂気。それさえあれば、

敬虔な聖都すらもこの有様である。ロナモロス教は本当に容赦がない。


ならば、ポロニヤと呼ばれた彼女がここでやっていた事も理解できる。

天恵を宣告前の状態まで戻す天恵。あまりに規格外の能力である。が、

使いどころは本当に難しいだろう。正直、彼女が今日までにその天恵を

どう使っていたかについては推して知るべしだ。俺たちだから分かる。

おそらくそんなに深い意味はない。とにかく混乱を起こしたいという、

なかば悪戯のような感覚だったかも知れない。


いつの間にか、彼女は俯いていた。どうしても次の言葉が出てこない。

そんな自分に幻滅したのか、小さな嗚咽のような声さえ聞こえてきた。

俺たちも彼女の傍らの連中も、何も言えなかった。


愚かだと言うのは簡単だ。実際に、彼女が浅慮だったのは間違いない。

周りの連中も大概である。しかし、それを俺たちが言えるのだろうか。

ロナモロス教の考えをそこそこ理解しながらも、目先の金目当てにただ

黙って受け入れただけの俺たちに。


何だろうな。

鳥が呼びかけたのは教皇女だけだ。それも、ほんの一言二言だけ。

問いかけられた彼女も、ロクな返事も出来ないまま黙ってしまった。

ハッキリ言って、ほとんど現状には進展がない。さっきとほぼ同じだ。

だけど、明らかに俺の気持ちの中に変化があった。多分、他の連中も。

殺気立った気分でここまで来たが、もうそんな気持ちははるかに遠い。

何でここに来たのかを思い返すと、何だかきまり悪くなってくる。

今さら、鳥がなぜこんな事をしたかについての納得が出来てしまった。

教皇女も俺たちも、天恵宣告という条件に沿って行動していただけだ。

おそらくそこに罪などない。天恵を使うのは、人の当然の権利だから。


だが、ついさっきここで起ころうとしていたのは、間違いなく愚行だ。

俺たちの彼女たちがぶつかる事に、一体何の意味があると言うのか。

互いの利など何もない。ただただ、不毛な傷が生まれるだけだった。


何だろうな。

泣きたいのか笑いたいのか、自分で分からないのが何とも情けない。

鳥がどっちにも肩入れしないのも、今ならすんなり納得できる。



俺たちは、どうすべきなのか。

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