異分子なればこそ
あたしは、友樹と一緒にこの世界に「訪れた」存在だ。
以前に経験した異世界転移以上に、見知らぬ世界に来たって事になる。
二階堂環のような知人などいない。友樹以外は完全に知らない存在だ。
ある意味、あたしは過去に存在したいかなるタカネよりも孤独だろう。
だけど、悲壮感などは何もない。
かつて糸崎蓮と共に50世紀の地球に放逐されてしまった個体などは、
極限の孤独と絶望を味わっただろうと思う。彼女が独自の存在にまで
進化していったのも、当然の話だ。まさに想像するに余りある。
対してあたしはどうだろうか。
かつての世界から遠く隔たった…という意味ではかなりのものだけど、
さほど深刻に考えてもいない。いやむしろ、普通に適応している気さえ
している。そこそこ拓美化も進んでいるとは思うけど、それも劇的とは
言えない。少なくとも冷静に客観視できている。こんなもんかな、と。
おそらくあたしは、リータのスーツやトライアルθの担当だった個体に
近い存在なんだろう。初めから拓美と隔絶されている前提だったから、
その心づもりが出来ている。だからこの世界にいても情緒面での乱れが
ほとんど生じないんだろう。それがいい事かどうかは定かでないけど、
まあプラスに捉えておく事にする。
「拓美に会いたい」って気持ちは、今もなお持ち続けてるんだけどね。
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こんな状態だから、分体の独自行動に関してもあまり懸念がない。
経験や情報を得ても、さほど劇的な変化が生じない。だから別個体へと
進化する心配もない。このあたり、やっぱりあたしは特殊な個体だね。
そんなわけで、ゲイズ・マイヤールを溶岩に叩き込んでから、あたしは
聖都グレニカンに来ていた。むろん個体数が少ないので、小鳥の体しか
形成できなかったけど。以前と比べ「分身」の精度が高くなっている。
それもこの世界においての特徴だ。いずれ本体に合流した後は、大いに
検証してみよう…と考えていた。
そして辿り着いた聖都は、どうにも酷い有様になっていた。もちろん、
酷いというのは一方的な感想でしかない。ここを楽園と思う人間だって
大勢いるだろう。そういう人たちを否定する気もない。人それぞれだ。
だけど少なくとも、あたしや拓美、リータにとって眉をひそめたくなる
状況である。向こうの世界と比べて進んだ時代だという事も鑑みれば、
ますます「それでいいのか本当に」と問いたくなる感じだ。
天恵は、向こうの世界の魔法に近い代物だ。全ての人間に授けられると
知った時にはさすがに驚いたけど、そういうモノと割り切れば面白い。
廃れてしまっているのは惜しい、と本気で思えるくらいにはね。
誰がどんな天恵を得て何をしようと構わない、というローナの考えは、
なかなか極端だ。だけど正直言ってあたし好みだ。授ける者がそういう
考え方なら、どれほどの混沌が世に跋扈しても然るべきなんだろうね。
そういう見方をするのなら、聖都がこういう状態なのも別にあれこれと
悲観する必要はないかも知れない。天恵宣告や神託師が安っぽいのは、
トランたちの苦労を見ているだけに複雑ではあるけど。ローナだって、
別にこの状況を嘆いたりはしない。その姿勢は、今後も変わらない。
だけどさ。
教皇女たちと神託師たちの諍いは、いくら何でも見過ごせないだろう。
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ポーニーにとっても、教皇女という存在は特別だ。関わりが深いから、
事あるごとに気にしていた。だけどわざわざ見に行ったりはしない。
そこは彼女の引く一線だった。
思えば、やはり天恵宣告が教皇女の「何か」を大きく変えたんだろう。
性格なのか運命なのか分からない。何しろ、強力無比な天恵を得た結果
彼女は故郷たる聖都でとんでもない事を始めた。同行したネクロスも、
悪ノリに乗っかったと言えるのかも知れない。しかし、やはり彼女らは
浅はかだったとしか言えない。
シャレにならない状況になったのを見届け、あたしはローナにその事を
報告した。ハッキリ言って、これはあたしが気安く判断していいような
話じゃない。聖教の教皇女と神託師なんて、恵神あっての存在だろう。
いくら何でも、外来存在であるこのあたしが判断すべき相手じゃない。
とは言っても、成り行き任せにしていいわけもない。そんな事をしたら
ポーニーが悲しむだけだろう。
そんなあたしからの報告に対して、ローナの答えは単純で明快だった。
「この件に関して最終的な判断は、タカネに任せるよ。」
…それで本当にいいの?
思わず返したその言葉に、ローナは笑って答えた。
むしろそれがいいんだ、と。
「誰の手も届かない世界から来た、あなただからこそ見える事もある。
どのみちまともな解決が見出せない状況なら、あなたに任せる。」
「分かった。」
そこまで信じて一任してくれるって事なら、あたしももう遠慮しない。
どっちかがはっきり行動を起こした時点で、やるべきと思う事をやる。
ああ。
拓美がいたら何て言うだろうなあ。
ねえ。
あたし、神様の代理やってるよ?