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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ケイナの意地

そんなはずはない。


あらゆる意味で、今ここで聞こえる声には現実味ってものがない。

そもそもこの人、どこから来たの?入口は閉められているはずだから、

ここにいる事自体理屈に合わない。…もしかして、転移の天恵持ち?

だとしても、どうしてこのあたしのいる場所に転移できるんだろうか。

危険な行為だし、そんな危険を冒す意味がどこにもない。


そして、あの時聞いた声じゃないかという疑念。これも考えられない。

確かにあの声は忘れられないけど、今この場で聞こえるのはおかしい。

あの時見たあの人は、神託カフェの従業員だったはずだ。それがこんな

異国の遠い場所にいるなんてのは、どう考えてもおかしい。ましてや、

ここは誰も知らない監禁場所のはずなのに。わざわざあの人がここに…


「久し振りね。オラクレールに来た時以来かな?元気そうじゃん。」

「…………………………」


か細い疑念も自分を納得させようと捻り出した理屈も、一瞬で崩れた。

傍らにいる女性は、以前にあたしと会った時の事をそのまま口にした。

そしてそれは紛れもなく、あたしの記憶と同じだった。つまり彼女は、

やっぱりあの時のあの人なんだと。


ダメだ。

どこをどう考えても、状況が不条理過ぎて欠片も理解できない。まだ、

扉が閉められるまでの方が今よりは理解が及んでいた。普通に考えて、

普通に絶望できていた気さえする。



この人、何なんだろうか。


================================


「で?」


何気ないそのひと言と共に、女性はギシッと音を立てて隣に座った。

間違いなく実在している。柔らかな体の感触が、肌越しに伝わった。


「ネクロスとしての体質を利用した悪戯の結果、このピンチって事ね。

まったく何をやってるんだか。」

「……………………………」

「何とか言いなさいよ…って、ああ喋れないのか。ちょっと待って。」


直後、口を縛っていた布が解かれたのが判った。だけど、声を出す気に

なれなかった。身動きひとつせず、そのままじっと相手の反応を待つ。

しかし女性は、どこまでも何気ない態度を崩さなかった。


「なあに、まだダンマリ?まあ別にいいけどさ。」


相変わらず、彼女は座ったままだ。目隠しを取るといった気配もない。

あたしを助けに来たんじゃないって事だけ、何となく察した。じゃあ、

一体何しに来たのだろうか。もはやどうやって来たのかは、考えるだけ

無駄だ。なら目的くらい知りたい。


助けてもらえそうな気配がない…という事実に、あたしは逆にちょっと

落ち着きを取り戻した。というか、少なからず開き直った。と同時に、

少なからず腹が立ってきた。


確かに、あたしたちは愚かだった。考えなしの混乱を聖都にばらまき、

挙句にこんな窮地に陥った。これで一網打尽になったりしたら、もはや

愚か者の極みだろう。間違いない。閉じ込められたこの部屋の只中で、

嫌というほど自覚してますよ。


だけど、あなたは一体何なんだよ。

すっかり存在さえ忘れていたのに、こんな場面でどうしてまた現れた。

あたしを馬鹿にしたいのは分かる。だけど、時と場合を選んで欲しい。

勝手だと言われようと、この状況で他人事みたいな事を言われるのは

どうにも腹に据えかねる。せめて、聞こえない場所に行って欲しい。

そうでなきゃ、せめてもうちょっとまともな話をさせて欲しい。


だからあたしは、あえて素のままで言い放った。



「うるさいな。嫌味を言いたいだけならさっさと消えてよ鬱陶しい。」


================================


沈黙。

静寂。

だけど気配は消えていない。女は、確かにまだこの暗がりの中にいる。

あたしの放った言葉に、少なからず気を悪くしたのかも知れない。


それが何だ。

自分が馬鹿だって事くらい、誰かに言われなくても十分に知ってるよ。

これで何もかも終わりと言うなら、存分に泣きわめいて受け入れるよ。

だけど、こんな不条理を受け入れろと言われたって無理に決まってる。

まさか神様じゃあるまいし、悪趣味もいい加減にして欲しいって話だ。

不思議なほど、自分の中に居座っていた恐怖が根こそぎ消えた。

理解できない傍らの相手に対して、新たな恐怖も湧いてはこなかった。


言いたい事は言った。だからもう、ほっといてくれれば…


「いいね。やっぱ、喧嘩を売るならそのくらいの気骨がなくっちゃ。」

「は?」


あまりに予想外の言葉に、あたしは思わず間抜け声を返してしまった。

もっと予想外だったのは、女の口調がさっきより嬉しそうだった事だ。


本当に何なんだろうか、この人は。

あたしに何を求めてるんだろうか?


分からない。

分かるはずもない。

ならもう、率直に訊こう。


「何がしたいんですか?」

「もうちょっと、マシな成り行きを見たいってだけよ。」

「マシな成り行き…?」


何の事だろうか。

ここまでの成り行きが酷いのはもう言うまでもない。お粗末そのものと

言われても仕方ない。だけど、何をどうすればマシになると言うのか。

つくづく、相手の価値観というのが見えてこない。


「じゃあ教えて下さいよ。」

「何を?」

「どのへんが酷いんですか?」

「全体的なクオリティよ。」


即答だった。

いや聞いても分かんないんだけど。全体的ってのはつまり…


「あたしたちのやってる事全体って事ですか。だけどそれ」

「違う。」


今度は、食い気味に否定された。

明らかにこの人は、あたしの見解のズレに対し物申したいらしかった。

ならもう、はっきり言って下さい。


「何が違うんですか。」

「あんたたちだけじゃない。相手含めて全部お粗末って言ってんのよ。

外にいる奴らもひっくるめて。」

「…………………………」


返す言葉に窮した。

外にいる奴らって、つまり神託師の集団の事なのか。でもその言い方は

あたしに対する行動というよりも、もっと根本的な事への意見だろう。

つまり…


「ロナモロスがここでやらかした事に風穴開けたいなら、もうちょっと

大きな視野で見ろって話よ。」

「…大きな視野?」


答えは求めなかった。

何となく、彼女の言わんとする事が見えた気がした。


だけど…



やっぱりこの人、得体が知れない。

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