いつかの声
見えない。そして喋れない。
あっという間の事だった。気付いた時にはもう、頭からすっぽりと厚い
麻布のような袋を被せられていた。担ぐ相手に、抗う間さえなかった。
尾行されている気配はあったけど、まさかこんなに早く…
あたしは、どこまでも甘かった。
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(誰かに見られてないだろうな?)
(ああ。そこは心配ない。)
(向こうの連中はどうだって?)
(場所は特定できたらしいです。)
どこかに連れ込まれた後、さすがに袋からは解放された。その代わり、
目隠しをされて口を縛られている。相手の顔を見る機会も無かった。
だけど、聞こえてくる声には若干の覚えがあった。多分、一昨日訪ねた
神託師だ。声の調子に特徴があったのを記憶している。…という事は、
この連中って…
あらためて、背筋が寒くなった。
心当たりが無くはなかったけれど、まさかここまでピッタリだとは。
あたしの聞き覚えが正しいとすればもう、相手が何なのかは明らかだ。
その事実に、あたしは形容しがたい恐怖を感じずにはいられなかった。
本当にこの誘拐犯たちが神託師だとすれば、その意味はあまりに重い。
もちろん、あたしたちに「悪意」と呼ぶべき意図があったのは確かだ。
ポロニヤさんの天恵とあたしたちの体質を悪用して、この街の神託師や
天恵を得た人々にタチの悪い悪戯を仕掛けたのも事実。今さらだけど、
その事は認めるしかない。
だけど、その相手に対しての対応がこれなのには、本当に背筋が凍る。
少なくとも、ローナの天恵を告げる神職者がやる事じゃないだろう。
いくらあたしたちが正体不明の存在でも、乱暴が過ぎる。勝手な事を
言うなと言われそうだけど、それとこれとは話がまったく違う。
あたしは、我が身かわいさでこんな恐怖を抱いてるわけじゃないんだ。
後ろ暗い事をしている以上、相応の危険があるとは考えていたから。
本当に怖いのは、神託師がこういう事をしてるという事実そのものだ。
もしも恵神ローナの怒りを買う事になったら、その時何が起こるのか。
あたしなんかには想像もできない。あまりにも存在が大き過ぎて。
何とか逃げられたとしても、彼らの成した行いは取り消せないだろう。
どうなるんだろうか、一体。
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(それでどうするんだ、この女。)
(いや、具体的にどうするかまでは聞いてないというか…)
(決めてないんじゃなかったか?)
「…………………………」
何だか、聞こえてくる声はそれほど鬼気迫るものではなかった。むしろ
あたしという存在を持て余している感じにも聞こえる。その事に少し、
ホッとしている自分がいた。
(…とにかく、もう一人の素性まで確かめるのが最優先だろう。)
(でしょうね。向こうの皆さんが、今夜中に取引きの話を持っていくと
言ってましたから。)
(それじゃあとりあえず、俺たちは怪しまれない場所に移動するか。)
(この女はどうします?)
(ここに閉じ込めて、誰か一人だけ見張りに残ろう。2時間で交代だ。
それでいいよな?)
(分かった。)
(異論ありません。)
ほとんど丸聞こえだったけど、今の時点で何かされるわけじゃないのは
分かった。さらにホッとした。でも現状、逃げる手段は何ひとつない。
取引きの話を持って行くというのは多分、ポロニヤさんたちにだろう。
そうなれば、下手すれば一網打尽になってしまう。相手が多人数では、
アースロさんでも対応しきれない。一体どうすれば…
ガコォン!
考える間もなく、鈍重な扉が閉まる音が容赦なく響いた。それと同時に
目隠し越しに感じる光もなくなる。おそらく真っ暗になったんだろう。
かすかに空気が動くのは判るから、さすがに窒息死するとは思えない。
だけど、それだって絶対じゃない。どうにかして逃げる手段を考えて…
って、どうやって?
あたしには、特別な力なんてない。身体能力もごく普通。さらに言えば
天恵も持ってない。覚醒していないのではなく、本当に持っていない。
こんな無力なあたしが、自分の力で脱出できるわけがない。
どうするも何もない。己の愚かさを悔いるだけ。それ以外に何もない。
ああ、何やってるんだろうあたし。オーウェ様が知ったら呆れるよ。
お前たちは一体何をやってるんだと怒られる。怒られて当然だろう。
ポロニヤさんと一緒に、それなりに意義のある事と思ってやったけど。
今にして思えば、本当にタチの悪い悪戯でしかなかった。
何なんだろう、あたしたちって。
重い宿命を背負っているとか何とか言っても、やってる事がこれじゃ。
単なる迷惑な人間でしかないよね。…今さら悔やんでも遅いけど。
ああ。
こんな事なら、余計な事を考えずに粛々と村で生きてればよかった。
ガンナー様の誘いになんか乗らず、村で暮らしていればよかったんだ。
背を丸めた姿勢で、あたしはそんな事をブツブツと呟いていた。
いや、悔いるべきはもっと前かな。
変な反抗心を抱いて、天恵の宣告を受けようとしたのが間違いだった。
神託カフェなど訪ねたばっかりに、巡り巡ってこの救いのない事態に…
「ええー、そこまで遡るの?」
「!!?」
いきなりすぐ近くで聞こえた声に、あたしはビクッと身を竦ませた。
あまりに唐突過ぎて、その声の主が誰なのか見当もつかなかったから。
…………………………
違う、そうじゃない。
本当に見当もつかない状況だけど、声自体には聞き覚えがあったから。
忘れられない声だ。
オーウェ様の真実を、情け容赦なく暴いたあの時の女の人の声。
神託カフェにいた、あの人だ。
いや
どうして?