エルベンの策略
マジかよ。
アンタのところにも来てたのか。
で、どうした?
どうもこうもないですよ。
見えないんだから、しょうがない。金を取らずに帰ってもらいました。
正直、何が何だか分からなかった。あんな事は間違いなく初めてです。
そうか…
間違いなく、ローブを纏った短髪の男だったよな?
え?
いえ若い女でした。ローブは確かに纏ってましたが…
女だと?
まだ他にもいたのかよ。と言うか、キラムの方はどうだったんだ?
俺の方は男だった。確かに短髪だ。そっちと同じと見て間違いないな。
年齢的にもピッタリだ。
…なるほど。
つまりあの天恵のない客ってのは、街の神託師を意図的に訪ねてるって
事になるのか。んで、わざと自分の天恵を見させていると。
何なんでしょうか一体。
天恵の消失が流行り病みたいに蔓延してる中で、今度は天恵そのものを
持っていない謎の男女。これって、何かの啓示とかでしょうか?
分かるわけない。
だが少なくとも、そのローブの男と女は己の意志でやってるらしいな。
だとすれば、そっちは見えざる神の意志とかじゃない…って事になる。
ひょっとすると、マルコシム聖教の残党が何か画策してるとかなのか?
あり得ない話じゃない。が、天恵を見えなくするってのは何なんだよ。
手品でどうこうできる話じゃない。俺たちは神託師なんだからよ。
どんな方法であろうと、天恵宣告を丸ごと覆すなんて無理なはずだ。
考えて分かる話じゃないだろ。
俺たちが知らないだけで、そういう天恵があるのかも知れないからな。
だとすれば、それをこの聖都でやる意図ってのは何なんだ。少なくとも
安っぽい金儲けとかじゃないだろ。第一、どこにも儲ける糸口がない。
とするとやっぱり、何かの警鐘とか抗議のメッセージとかでしょうか。
今のこのグレニカンの状況に、何か言いたい事があるとか…
何かって何だよ。
少なくとも俺たちは、至極真っ当に神託師の仕事をしているだけだぞ。
恵神ローナに対する背信ってのは、虚偽の宣告だけだったはずだろう!
い、いえそれは…
待て待て落ち着け。ここで俺たちが声を荒げても仕方ないだろうが。
答えなんか出るはずないんだから。
じゃあどうするんだよ。このまま、妙な奴らに怯え続けろってのか?
冗談じゃねえぞ。
まあ待て。
天恵消失の方は何もかも不明だが、ローブの連中の方なら対処できる。
具体的に動いてる奴が明確になっているから、後は考えようだ。
…つまり?
ここまでの流れからすれば、奴らはまた街の神託師を訪ねるはずだ。
初めてみたいなツラして、天恵宣告を依頼するに違いない。だったら、
先んじる事だって不可能じゃない。目ぼしい連中に当たりを付けよう。
ああ、待ち伏せするって事ですか。確かに不可能じゃないでしょうね。
けど、具体的に誰に当たりを付けるのがいいんでしょうか?
最初に来たのが俺のところで、次がキラム。んでその次がアンタだ。
ひょっとすると見落としがあるかも知れないが、それはどうでもいい。
グレニカンはそこまで大きな街ってわけじゃない。相手の行動から、
ある程度次は予想が出来るはずだ。それに…
それに、何だ?
たった三件で被りがあるって事は、相手は本当にその二人だけだという
可能性も考えられる。だとすれば、ヤバい組織ってのも考えにくい。
多少荒っぽい事になったとしても、どうとでも揉み消せるって話だよ。
おいおい、本当に大丈夫かよ?
天恵を持ってない人間なんて、正直俺たちからすれば未知の生物だぜ。
いくら組織じゃなかったとしても、下手に手を出すと危険じゃないか。
そうですよ。
正直言うと、私もそういう荒事には縁が無いんです。地元ではいたって
地味に暮らしてましたから。今さらそんな怖い話を持ち掛けられても…
ああ、分かった分かった。確かに、ちょっと話がいきなり過ぎたな。
俺だってしがない神託師だ。色々と副業もやってたが、そこまで荒事に
手を染めた事もない。だからすぐに暴力沙汰にしようとは思わない。
じゃあ、結局どうするんだ?
とにかく、ただでさえ天恵消失騒動のせいで、街が混乱してる現状だ。
あんまり変な事をすると、俺たちが元凶だと思われかねないだろうよ。
まあそうだな。それは否定しない。妙な注目をされると、ローブ連中も
警戒する可能性がある。とすれば、あくまでも目立たないようにだ。
とすると、どうしますか?
まずは同業者に当たりを付けよう。現状を考えれば、そこそこの連中が
話を聞いてくれるはずだ。何たって不安の種に事欠かないんだからな。
その上で、ローブの奴らが現れたら情報を共有する。何者なのか探る。
手を出さず泳がせて誰かが尾行し、在所だけでも突き止めるんだよ。
なるほど。
こうしてたて続けに神託師を訪ねてきてるって事は、少なくとも街中に
潜伏してる可能性がそこそこ高い。どこにいるかさえハッキリすれば、
後はどうとでも対処できるってな。
そういう事ですか。分かりました。で、そこまで突き止めた後は…
分かる限りの事を明らかにしよう。
少なくとも、二人が天恵を持たないという点だけは確実なんだ。なら、
妙な力で攻撃される可能性はかなり低い。もちろん隠蔽してる可能性も
あるが、だとすれば奴らの力はその隠蔽に限られるって事になるだろ。
どっちにしても、人数さえ集めりゃどうとでも出来るはずだ。
どうとでも、か。
ある意味、物騒な言い回しだな。
どうする気だ?
今はハッキリ言えるわけがない。
だが、事と次第によっちゃそこそこシャレにならない事態になるだろ。
何たって、天恵消失の騒ぎが現実に起こってるんだ。そんな中で怪しい
奴があぶり出されれば、その責任を背負わされる可能性は大いにある。
まあ、大勢の心理なんて大体そんなもんだろうからな。
おっかないですね、本当に。
…でもまあ、彼らが本当に意図的にやってるとすれば自業自得ですね。
そういう末路もやむを得ないと。
アンタも大概に物騒な事を言うね。でもまあ、その通りだよ。
こっちとしても、何かしら今の状況を改善できるきっかけになるのなら
やる価値はある。だろ?
まあな。
そうですね。
よし。
じゃ、お仲間に連絡するとしよう。住所とかは分かるか?
すぐに調べられますよ。
ここは聖都グレニカンですからね。
ハハ、確かにな。
何と言うか、ちょっと楽しくなってきた気がするぜ。
どうせなら、狩りを愉しもう。
な?