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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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エルベンの現実

狂騒とか狂乱とか、とにかくそんな形容が今の聖都にピッタリだった。

だがその内容は、ほんの少し前とは全く違うものになっていた。


突如として起こった、天恵の消失。享楽の延長で宣告を受けた者たちは

その異常事態に戸惑い慄き、そして原因と救済を求めた。そんな姿は、

誰の目にも狂気と映った。たかだか天恵を失った程度で、何をそこまで

うろたえる必要があるのかと。


しかし、狂気はあっという間にこの街を覆い尽くした。


冷ややかな目で見ていた者たちも、翌日には同じような状態に陥る。

何の心当たりも自覚もないままに、得たはずの天恵が消えるのである。

力を失った事そのものより、理由が全く分からない事こそ恐怖だった。

伝染病か何かなのか、それとも恵神ローナが人間を見限ったのか。

ハッキリした答えを出せる者など、いるはずもない。誰も分からない。


真に恐怖すべきは、苦痛でも死でもない。


分からないという事だ。



聖都グレニカンには、恐怖の未知が容赦なく蔓延しつつあった。


================================


そんな混沌の中にあってなお、俺は神託師としての仕事を続けていた。

我ながら図太いと呆れる。しかし、俺に落ち度があるわけじゃない。

確かに天恵宣告はなされているし、能力の発現も確認できているんだ。

その後で消えてしまうという状況に対し、神託師に責任を求められても

困る。さいわい街の風潮も、そっち方面に話が流れる気配はなかった。


ある意味、ありがたい話である。

そもそも天恵の宣告は、一生に一度しか行われないのが絶対の原則だ。

15歳になれば受けられる。何年後であろうと、一度だけ受けられる。

そして一度宣告を受ければ、もはや一生付き合っていくしかない力。

当たり外れの要素が大きいけれど、とりあえず平等に与えられた運命。

有史以降、それはずっと変わらない世界の理だったはずだ。


そんな風に考えれば、確かに天恵が消えた者の恐慌は想像に余りある。

自分が世界の常識から外れたのかと考えた時、そこにあるのは恐怖だ。

いざ己の事になれば、理屈で不安を消す事などとても出来ないだろう。

確かに、深刻な事態だ。


だけど俺は、あいにくそんな事にはあまり興味がない。神託師としての

稼ぎさえあれば、世の中がいかなる変化に晒されようと関係ない。

むしろ俺にとっては、リピーターが増えるという利点だってあるんだ。

得た天恵にすがりたい連中は、再び宣告を受けに来る。ここまで来れば

割り切って正規の料金を請求する。大抵の奴は、文句を言いつつ払う。

こればかりは本当に、神託師にしか出来ない仕事だ。つくづく親父には

感謝しかない。何だかんだ言って、しっかり稼げているんだからな。


確かに異常事態だ。それは認める。

しかし、受け入れてしまえば非常に都合がいい。もちろん聖都内でしか

成り立たない商売の方式だろうが、だったら割り切ればいいだけの話。

俺はロナモロス教の信者じゃない。そもそも宗教などには興味がない。

出来る事をやってるだけだ。それで対価を得て、何の文句がある?


俺はただ俺の人生を満喫するだけ。とやかく言われる筋合いはない。

天恵にしがみ付きたいと言うなら、金を払ってそこに座れ。



俺は神託師なんだからな。


================================


その日は、小雨が降っていた。

相変わらず天恵消失は街のあちこちで問題になっていたが、割と静かな

午後だった。客が途絶え、俺は酒をちびちびと飲んでいた。


「いいですか。」


そこへやって来たのは、時代錯誤なローブを羽織った若い男だった。

声にも口調にも恐慌の兆しはない。そして、俺自身にも見覚えがない。

最近はさすがに、前に来た客の顔はしっかりと憶えるようにしている。

でないと揉め事が絶えないからだ。もちろん帳簿もきちんとつけてる。

少なくともこの男は、一度もここへ来た事がない。それだけは確かだ。


…つまり天恵宣告を受けに来たか。今この時期になってか。ずいぶんと

世間知らずな奴らしい。まあ別に、それをとやかく咎める気はないが。

いいだろう。一生に一度である事を祈ってやるよ。


「どうぞ、お掛けください。」

「はい。」


俺の対面の席に座ったその青年は、ゆっくりとローブのフードを脱ぐ。

ずいぶんと髪の短い男だ。何だか、浮世離れした顔立ちである。まあ、

あんまり想像するのも悪趣味だな。もちろんあれこれ訊いたりしない。

ここまで来たなら、ただ求めるものを渡して満足させるだけだ。


「天恵の宣告をご希望ですね?」

「ええ。お願いします。」


そう言った男が、代金をきっちりと揃えて俺の前に並べた。何と言うか

金払いのいい奴だ。金持ちには全く見えないが、それはどうでもいい。

だったらさっさと宣告して、今日はもう仕事を早仕舞いして酒を…


…………………………

……………………


「どうかなさいました?」

「いや…」


ちょっと待て。

どういう事だ。

何だこれは。


詠唱は間違ってないはずだ。

ネラン石もここにある。

なのに。


天恵が見えない。


読み取れない。



どうなってんだ。

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