魔王の覚悟と選択と
俺たちは、どこまでも手探りだ。
共に生きる道も喫茶店経営の道も。
そして神託師としての道も。
爺ちゃんは何も教えてくれなかったから、自分たちで知るしかない。
過去の資料を読み込んだだけでは、見えない事が山ほどある。
【死に戻り】の天恵。
おそらく、過去にこれを知っていた人はほぼいないのだろう。だから、
情報として何ひとつ残っていない。もしかしたら初めて発現したのかも
知れない。とすれば、むしろ俺たち自身が後世に伝えるべきだろう。
俺が、ネミルと一緒に記憶を過去に持ち込む事が出来た理由。
それは分からない。天恵の保持者を殺害したからなのか、魔王の天恵が
影響した結果なのか。…あるいは、ポーニーの存在が関与したのか。
ハッキリ言って、今回の事だけでは分かるはずもない難題だ。俺たちの
前にあるのは、純粋な結果だけ。
そう、それだけで十分だ。
後世の事など、今はどうでもいい。
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「トランさん…」
「戻って来られたの?」
「ああ、そうみたいだな。」
歩み寄って来たネミルとポーニーにそう答え、俺は小さく笑った。
そして、目の前で硬直している男に視線を向ける。
エゼル・プルデス。
俺の姉貴を殺した男だ。
いや、これから殺すはずだった男と言った方が正しい。
…と言うか、もうその辺をあれこれ考えるのは飽き飽きだった。
こいつに関してはとことん調べた。人間関係に関しても委細漏らさず。
婚約破棄されて相手を恨んでいるという事も、調べて明らかになった。
もう推測しか出来ないけど、最初の死に戻りの際にその「元婚約者」を
殺したんだろう。それが三週間後。もはや「なかった事」のひとつだ。
時間が戻れば全て無に帰す。それが【死に戻り】の本質。
こんな、無限とも言える天恵が存在するとは思わなかった。下手すると
永遠に時間がリセットされ続ける事にもなり得るだろう。
だけど俺たち三人は、この男の事を知っている。そして憶えている。
何をしたのかが無に帰すとしても、何をする人間かを知っている以上、
もはや看過する選択はない。
多分、もうすぐ姉貴たちがこの店に来るだろう。それは既に知ってる。
だったら、もう躊躇う時間はない。そして躊躇う理由もない。
「トラン…」
「ああ、分かってるよ。」
何とも言えない表情を浮かべているネミルに、俺は苦笑を返した。
分かってる。
俺はさっき、目の前にいるネミルをこの手で殺した。その時の感触は、
今でもこの手に残っている。たぶん忘れる事はないだろう。
見逃すと危険だからとか、そういう安っぽい理屈で取り繕う気はない。
俺はお前を許せない。その感情にはしっかり正面から向き合ってやる。
【魔王】の天恵を持つ者としてな。
「エゼル・プルデス。」
まっすぐその顔を見据えつつ、俺はゆっくりと命じた。
「このまま中央公園へ行き、そこで自分の命を絶て。」
「………………!」
硬直していたエゼルの体が、ほんの少し痙攣する。知ってる反応だ。
生存本能が、こいつの中で俺からの命令に抗っているんだろう。
だから、あえてひとつ言い添えた。
「怖れるなよ。お前には死んで戻る力が備わっているんだからな。」
知ってるんだろ?
…知ってたからこそ、当然のように姉貴たちを殺して自決したんだろ?
だったら今さら躊躇うなよエゼル。
な?
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「姉貴たちが来たら頼むな。」
「うん。」
「お任せ下さい。」
「じゃ行ってくる。」
ネミルとポーニーにそう言い残し、俺はエゼルを追って店を出た。
万が一を考え、最後まで見届ける。それが俺の責任だと思ったからだ。
中央公園。そこは二度目の時間で、エゼルが命を絶った場所だった。
「最期」まで見届ける。
それが俺の責任だ。
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「あ、やっと帰って来た。」
「ようトラン君、お帰り。」
しばらくののち。
店に戻ってきた俺を、姉貴と婚約者ドッチェさんの声が迎えた。
泣きそうになるのを咄嗟に堪えた。
「いらっしゃい。」
「どこ行ってたの?」
「ちょっと見届けに。」
「何を?」
「あんまり楽しくない事を。」
「ふーん。」
怪訝そうな姉の視線を受け流して、俺はカウンターに向かった。
「おかえり。」
「ただいま。」
ネミルもポーニーも、涙を堪えてるのが見て取れた。
「終わったの?」
「ああ。」
励ますように、俺は強く頷く。
「外していいぜ。」
「……うん。」
小さく頷き返したネミルは、迷う事なく左手の薬指から指輪を外した。
もちろん、指の皮に傷はもうない。あの日々は記憶の中の幻と化した。
【死に戻り】の天恵と共に。
俺たちの世界は、今度こそまっすぐ進んでいく。
「さあて、話を聞こうか。」
「遅れて来てナニ言ってんだか!」
相変わらず可愛げの乏しい口調で、姉貴が憎まれ口を叩く。
まあ、今日くらい何でも聞くさ。
のろけでも何でも話してくれ。
生きていてくれるならそれでいい。
あの男の命を記憶に刻んで。
俺たちも、こうして生きていく。