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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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魔王の覚悟と選択と

俺たちは、どこまでも手探りだ。

共に生きる道も喫茶店経営の道も。

そして神託師としての道も。


爺ちゃんは何も教えてくれなかったから、自分たちで知るしかない。

過去の資料を読み込んだだけでは、見えない事が山ほどある。


【死に戻り】の天恵。

おそらく、過去にこれを知っていた人はほぼいないのだろう。だから、

情報として何ひとつ残っていない。もしかしたら初めて発現したのかも

知れない。とすれば、むしろ俺たち自身が後世に伝えるべきだろう。


俺が、ネミルと一緒に記憶を過去に持ち込む事が出来た理由。

それは分からない。天恵の保持者を殺害したからなのか、魔王の天恵が

影響した結果なのか。…あるいは、ポーニーの存在が関与したのか。

ハッキリ言って、今回の事だけでは分かるはずもない難題だ。俺たちの

前にあるのは、純粋な結果だけ。


そう、それだけで十分だ。

後世の事など、今はどうでもいい。


================================


「トランさん…」

「戻って来られたの?」

「ああ、そうみたいだな。」


歩み寄って来たネミルとポーニーにそう答え、俺は小さく笑った。

そして、目の前で硬直している男に視線を向ける。


エゼル・プルデス。


俺の姉貴を殺した男だ。

いや、これから殺すはずだった男と言った方が正しい。

…と言うか、もうその辺をあれこれ考えるのは飽き飽きだった。


こいつに関してはとことん調べた。人間関係に関しても委細漏らさず。

婚約破棄されて相手を恨んでいるという事も、調べて明らかになった。

もう推測しか出来ないけど、最初の死に戻りの際にその「元婚約者」を

殺したんだろう。それが三週間後。もはや「なかった事」のひとつだ。


時間が戻れば全て無に帰す。それが【死に戻り】の本質。

こんな、無限とも言える天恵が存在するとは思わなかった。下手すると

永遠に時間がリセットされ続ける事にもなり得るだろう。


だけど俺たち三人は、この男の事を知っている。そして憶えている。

何をしたのかが無に帰すとしても、何をする人間かを知っている以上、

もはや看過する選択はない。

多分、もうすぐ姉貴たちがこの店に来るだろう。それは既に知ってる。

だったら、もう躊躇う時間はない。そして躊躇う理由もない。


「トラン…」

「ああ、分かってるよ。」


何とも言えない表情を浮かべているネミルに、俺は苦笑を返した。


分かってる。

俺はさっき、目の前にいるネミルをこの手で殺した。その時の感触は、

今でもこの手に残っている。たぶん忘れる事はないだろう。

見逃すと危険だからとか、そういう安っぽい理屈で取り繕う気はない。

俺はお前を許せない。その感情にはしっかり正面から向き合ってやる。


【魔王】の天恵を持つ者としてな。


「エゼル・プルデス。」


まっすぐその顔を見据えつつ、俺はゆっくりと命じた。


「このまま中央公園へ行き、そこで自分の命を絶て。」

「………………!」


硬直していたエゼルの体が、ほんの少し痙攣する。知ってる反応だ。

生存本能が、こいつの中で俺からの命令に抗っているんだろう。

だから、あえてひとつ言い添えた。


「怖れるなよ。お前には死んで戻る力が備わっているんだからな。」


知ってるんだろ?

…知ってたからこそ、当然のように姉貴たちを殺して自決したんだろ?

だったら今さら躊躇うなよエゼル。


な?


================================


「姉貴たちが来たら頼むな。」

「うん。」

「お任せ下さい。」

「じゃ行ってくる。」


ネミルとポーニーにそう言い残し、俺はエゼルを追って店を出た。

万が一を考え、最後まで見届ける。それが俺の責任だと思ったからだ。

中央公園。そこは二度目の時間で、エゼルが命を絶った場所だった。


「最期」まで見届ける。


それが俺の責任だ。


================================


「あ、やっと帰って来た。」

「ようトラン君、お帰り。」


しばらくののち。

店に戻ってきた俺を、姉貴と婚約者ドッチェさんの声が迎えた。


泣きそうになるのを咄嗟に堪えた。


「いらっしゃい。」

「どこ行ってたの?」

「ちょっと見届けに。」

「何を?」

「あんまり楽しくない事を。」

「ふーん。」


怪訝そうな姉の視線を受け流して、俺はカウンターに向かった。


「おかえり。」

「ただいま。」


ネミルもポーニーも、涙を堪えてるのが見て取れた。


「終わったの?」

「ああ。」


励ますように、俺は強く頷く。


「外していいぜ。」

「……うん。」


小さく頷き返したネミルは、迷う事なく左手の薬指から指輪を外した。

もちろん、指の皮に傷はもうない。あの日々は記憶の中の幻と化した。

【死に戻り】の天恵と共に。


俺たちの世界は、今度こそまっすぐ進んでいく。


「さあて、話を聞こうか。」

「遅れて来てナニ言ってんだか!」


相変わらず可愛げの乏しい口調で、姉貴が憎まれ口を叩く。


まあ、今日くらい何でも聞くさ。

のろけでも何でも話してくれ。

生きていてくれるならそれでいい。


あの男の命を記憶に刻んで。



俺たちも、こうして生きていく。

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