ウルスケスの求めるもの
「!?」
気付いた瞬間、目に入ってきたのは白い天井だった。
起き上がろうとして、大きなベッドに寝かされている事に気付いた。
「お目覚めですか。」
身を起こすと同時に、すぐ傍らから声を掛けられてハッと向き直る。
ベッドの脇の椅子に座っていたのは紛れもなく、ウルスケスだった。
「あたしの顔見て卒倒されたんで、ここまで運んできたんですよ。」
「え…」
「さすがに驚きました。」
そう言って、ウルスケスはニイッと意味ありげな笑みを浮かべる。何?
「どっちみち眠らせてここまで運ぶつもりでしたけど、それにこれほど
積極的に協力して下さるとはね。」
「いえ…その…」
顔が赤くなるのを感じた。…いや、赤くなってる場合じゃないだろう。
彼女の話を信じようが信じまいが、さらわれた事実に変わりはない。
あたしは必死で考えをまとめようとした。
つまり……最初に確認すべきは……
…………………………
「あれから何日経ちました?」
「ご心配なく。まだ気を失ってから半日も経ってませんよ。」
「…そうですか。」
安心しそうになったけれど、時間が経っていないだけで状況は同じだ。
彼女の目的が何かさえ、現時点では全く分からないのだから。
いや、そもそも…
「ここはどこですか?」
「ニーデルの街の宿屋です。まあ、あの隠れ家からそんな遠い場所でも
ありません。車で1時間くらい。」
「…………………………」
あっさり答えてくれる状況が、逆にどこか不気味で言葉が続かない。
ニーデルなら知っている。隠れ家に落ち着く前に立ち寄った事がある。
かなり大きな街だったと思うけど、そこにあたしを運び込んだのか。
一体、何の目的で?
「色々と疑問が湧いてるだろうなと思いますが、まずお伝えします。」
「…何ですか?」
「あの時は誘い出すため眠らせたといいましたが、護衛は死んでます。
申し訳ありませんが、そんな細かい手加減は出来なかったので。」
「でしょうね。」
即答したら、さすがのウルスケスもちょっとだけ驚いた表情を見せた。
やはり、その情報に動揺しないのは意外だったんだろうなあ。何だか、
このやり取り一つでほんの少しだけ落ち着きを取り戻せた気がする。
…いや、開き直ったというべきか。
「触れた時に、その実感は少しだけありました。この人もう死ぬなと。
あたしだって【治癒】の天恵を持つ者です。そのくらいはね。」
「失礼しました。」
そう言ってウルスケスは小さく肩をすくめた。
「正直、何にも知ろうとしないままお暮しになってると思ってました。
さすがに見立て違いでしたね。」
「そうでもありませんよ。」
もう、返す言葉が震えたりしない。自分でも驚くほど開き直っている。
まさかあたしが、こんな風に話せる日が来るとは思わなかった。
「誰も何も教えてくれない。そんな日々を浪費していたのは事実です。
まああたし自身、確かに知ろうとはしてませんでした。ロナモロス教の
指導者はネイルなんだからと。」
「やっぱり、そういう認識だったんですね。あなただけに限らず。」
「もちろん。」
今さら言い繕う気になどなれない。と言うか、今のウルスケスはもはや
そんな事はお見通しだろう。なら、今この場でこそあたしは包み隠さず
思った事を口にすべきだ。たとえ、それが後ろ暗い事だったとしても。
だからこそ、ここでハッキリ問う。
「あなたの目的は、何ですか?」
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少し長い沈黙ののち。
ウルスケスは、あたしの顔をじっと見据えながら言った。
「目的が何かと問われれば、無いと答えるしかないんでしょうね。」
「え?」
「今のあたしにはもう、果たすべき目的なんて何ひとつ残ってません。
家族はあたしの目の前で死んだし、マッケナー先生に求められた魔核も
作れるだけ作った。それは魔鎧屍兵の開発に大きく貢献し、そして今は
もう用なしです。無いと言うより、もう何もかも終わってるんです。」
「…そうですか。」
何だかすっきり腑に落ちた。
夢がない、目的がないと語る人は、ロナモロス教にもいくらでもいた。
それを探すために天恵を得たいと、オレグストさんに縋る者たちが。
そんな人々の救済の光になるなら、素晴らしい事だとその時は思った。
救済を願った気持ちに、嘘はない。あたしは、愚かだけど純粋だった。
だけど。
今、目の前で語るウルスケスの言葉には、重過ぎる説得力があった。
目的がないのではなく、どれも既に果たされてしまっている現実。
あまりにも歪な形で、彼女は人生を達成してしまったという事なのか。
まだ少女と言っていい若さなのに、全て終わってしまったというのか。
何だろう。
今のあたしの胸にあるのは、恐怖や疑念などではなかった。あんな形で
連れ出された事に対しても、責める言葉は何ひとつ浮かばなかった。
あるのはただ、目の前のウルスケスに対する奇妙な共感だけだった。
しばしの沈黙ののち。
「ねえ。」
口調の変わったあたしのその声に、ウルスケスは訝しげな表情になる。
警戒しているのか、それとも興味を惹かれたのか。あるいは何もかも、
彼女の想定内なのか。そんな事は、もうどうでもよかった。
あたしはただ、心に浮かんだ望みを口にするだけだった。
「一緒に見届けない?」
「…何を?」
「ネイルたちの向かう先を。」
「いいよ。」
即答だった。
あたしも彼女も、同時に笑った。
そうだ。
空っぽになった同士、ロナモロス教の行く先を見届けるのも悪くない。
どうせネイルは、あたしを探したりしないだろう。今の彼女にとって、
あたしは面倒なお荷物でしかない。切り捨てる気はなかったとしても、
わざわざ奪還するほどの価値なんてない。残念ながら、確信できる。
だったらもう、自由に行こう。
どのみち、今の信者たちに未来など示せるはずがない。その現状くらい
十分分かってる。あたしが投げ出すまでもなく、もはやロナモロス教は
宗教団体の態を成していないのだ。律儀につき合う理由など何もない。
ああ何だろう。笑いたくなるなぁ。まさか、こんな状況でこんな事を
本気で考える事になろうとは。
でも、もうそれでいい。
これといった目的もなくこのあたしを連れ出したというのなら、今から
その目的を作ってもいいじゃない。文句を言われる筋合いはない。
ねえ。
行こう、ウルスケス。
愚かなあたしと共に、どこまでも。