表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
475/597

扉の向こうの相手

不思議なものだ。

それなりに見知った存在だったあの護衛。いや名は知らなかったけど。

そんな彼が恐らく死んだであろうという事実。それに心が波立たない。

そのまま場を離れてしまった自分に対し、嫌悪感なども湧いてこない。


何だろう。

この何もかも当然だと思える感覚。

もしかするとあたしは、自分で思う以上に「ロナモロスの教主」として

相応しい存在になったのだろうか。いつの間にか、その肩書きを本当に

体現できる者になったのだろうか。


…それはそれで、喜ばしい現実だ。今のあたしに、相応の現実だよね。


ロナモロス教は、あまりにも多くの人の血にまみれ過ぎた。そこには、

もはや昔の敬虔さなど微塵も残っていない。あるのはただ、狂信だけ。

恵神ローナへの敬愛などではない。天恵というものを闇雲に礼賛する

卑しい心だけだ。人ならざる力こそ天恵の本質と唱えるネイルたちは、

確かに宗教家だったと思う。今さらあたしに断罪など、出来はしない。

いや、あたしも断罪される側の人間なんだろう。


それをはっきり自覚したからこそ、あたしの心には波は立たないんだ。

ロナモロスの人間に、まともな死が訪れる…なんて事は起こり得ない。

まともな死を望む心こそ、ローナに対する最大の冒涜なのではないか。


あたしもネイルも、オレグストさんたちも。

いや、末端の信者一人に至るまで。

あたしたちは、あんな風に死ぬのが相応の結末なんだ。


背信じゃない。



それこそが、今この時代においてのロナモロス教の殉教なんだろう。


================================


二羽の鳥は、枝から枝へ飛び渡ってあたしを誘う。見失う心配はない。

渡された地図が示す場所を目指しているのは、歩き出してすぐ判った。

もう今のあたしには、そこを目指す以外の選択肢はない。戻る事など、

考えられない。護衛が死んだという理由だけじゃない。今のあたしは、

とにかく何でもいいから自分で道を選びたかったんだ。

…………………………


何だろう。

このシチュエーションには、ほんのかすかな既視感があった。もちろん

実際にこんな経験をしたというわけじゃない。残念だけど、あたしには

そんな面白い経験なんてなかった。


そうだ。

鳥に誘われるままに向かった先で、不思議な少女と出会って交流する。

ずうっと前に、そんな物語を読んだ記憶が蘇ったんだ。…今になって。

憧れたなあ、幼心に。


『三つ編みのホージー・ポーニー』を読んでいる間だけ、あたしの心は

自由になれていた気がする。教主という空虚な檻を出て、羽ばたいた。

あの物語と同じなんだとすれば。

小屋で待つ人は、もしかして…


「ミエタヨ」


物思いはそこで途絶えた。すぐ目の前の枝に並んで止まり、二羽の鳥が

声を揃えてあたしに告げる。


「アソコノコヤデ、マッテルカラ」

「分かった、ありがとう。」


もう、鳥と話しているという現実に対し、何の違和感も抱かなかった。

ひょっとするとあたしは、現実から物語の世界に足を踏み入れたのかも

知れない。そんな突拍子もない事を真面目に考えている自分が、何だか

今までで一番好きになれていた。


あそこに行けば、何かが変わる。

あそこで待っている誰かが、あたしの心を解き放ってくれる。

あたしは迷わず、小屋の扉の前まで歩を進めていた。


この扉を開ければ。

あたし自身の意志で開ければ、この世界はきっと変わる。

ミクエ・コールデンは、今までとは違う誰かになれるんだ。



錆びた取手を掴んだあたしは、力を込めて扉を開けていた。


================================


暗い室内。

寒い。

そして静寂。


だけど、人の気配は確かにあった。

すぐ目の前に座っている。

こっちを見ている。


明るい屋外から急に入ったために、まともに室内の様子が窺えない。

だけどあたしは、目を凝らそうとは思わなかった。その必要はないと、

不思議な確信を抱いていた。


ここは、扉の外とは違う世界だ。

ここまで足を運んだあたしに、違う世界の誰かは声をかけてくれる。

ここまで導いた誰かは、あたしを…


…………………………

……………………………………………………


「お久し振りですね、教主。」

「えっ」


投げかけられたその声に、あたしの耳が反応した。

次の瞬間に反応したのは、記憶でも感情でもない。瞳孔だった。

ボンヤリとしていた両目が、一気に焦点を声の主に絞り込んだのだ。

あまりに聞き覚えのあるその声が、あたしの意識と感覚を引き戻した。


まさか

この声は


パチン!


スイッチの音と共に、テーブル上に置かれていたランプが灯った。

予想に反し、小屋にはちゃんと電気が引かれていたらしい。そこには、

ただ現実だけが鎮座していた。


予想以上に片付けられた室内。

そこには、不思議な物など何ひとつ存在していなかった。

もやの晴れた頭で、理解できる事物のみがあった。


ここは、ただの現実だった。

そして目の前に座っている人物に、あたしは確かに見覚えがあった。

と言うか、知っている人だった。

ずっと前に去った、ロナモロス教の人間だった。


いや。

知る限りではもう、人間である事を失いつつある人だったはずだ。

彼女は…


「憶えてませんか?あたしを。」


そう言って立ち上がる彼女の顔は、あの頃と違っていた。同じだけど、

違う顔だった。


「このウルスケス・ヘイリーを。」


ああ。

やっぱりそうなのか。


憶えています。

思い出しました。



やはり、ここは現実のままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ