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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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それを利用と言うか否か

シルトの街は、ごく平穏だった。


どこまでもいつも通りの朝が過ぎ、日が高くなるにつれて人も増える。

大都市ならではの喧騒が、心地良い響きを奏でているような感じだ。

…とは言っても、この街に来てから二日しか経っていない身だが。


「さて、行くか。」

「ええ。」


通りに面した宿から見下ろしていた俺は、そう言って立ち上がった。

小さなテーブル越しに向き合う席に座る相手も、同じく立ち上がる。

眼下の光景は、しっかり確認した。俺としてはかなり不条理だったが、

一緒に見ていた連れは慣れていた。動じる様子もなく、小さく頷く。


あれが【魔王】の天恵の力か。

説明を聞いて概ね理解したつもりになっていたものの、実際に見ると

その影響範囲の広さに圧倒される。駅前にたむろしていた人が、一瞬で

術に墜ちたのがはっきりと判った。一人一人に何か施したのではなく、

まさにひと声「呼びかけた」だけ。本当にそれだけで、場にいた全員が

呆気なく行動を支配されていた。


ここから見ていた我々がその影響を受けなかったのは、【魔王】という

天恵を知っていたから。より正確に言うなら、知った上で影響を受ける

要素を排していたからだ。つまり、トラン・マグポットという人物への

悪意や敵意を一切持たなかった。

こうまで明確に違いが出るのかと、見た時には怖れを禁じ得なかった。

もしヘタな感情を持っていたなら、あの声を聞いた時点で自分も同様に

術に墜ちていたに違いない。実際に見た事で、それは確信に変わった。


だが、今はそんな事をあれこれ語る時じゃない。事実だけを羅列せよ。

もちろん、自分たちがこのヤマンでやった事も含めて、だ。


「行きましょう、ドラーエ先輩。」

「忘れ物はないな?」

「もちろん。」


よし、んじゃ行くかリマス。


================================


まさかこんな形で、ヤマン共和国に足を踏み入れる事になろうとはな。

騎士隊の人間として来た事は何度かあるが、これはさすがに初めてだ。


自分とリマスの二人、旅行者という態でここまで来ている。もちろん、

マルニフィート騎士隊という素性はいっさい明かさない。あくまでも、

我々はイグリセ人旅行者だ。そして目的も、きわめて明確である。


オラクレールの移動店舗に関しての情報は、可能な限り収集した。

足取りを追うのはそれほど難しくもなかった。先んじる事も出来た。

とは言うものの、別にあからさまな尾行や監視をしてたわけじゃない。

もしもあそこにラグジ・イオニアがいたとすれば、妙な事をした時点で

たちまち察知されていた。彼女ならそのくらいの事はやってのける。

自分もリマスも、その点に関しては確信を持っていた。


やろうとしている内容を考えれば、気取られるのは決定的にまずい。

もし彼らが、こちらに対して明確な敵意を抱いてしまったなら。

マルニフィート陛下を守れる自信がない。本人は「覚悟の上ですよ」と

ハッキリ仰ってたけど、自分たちとしてはそんなリスクは絶対NGだ。


正直、ここに至るまでも冷や汗ものだったと思う。



だからこそ、見落としなどのミスは絶対に避けないと。


================================


あの日、陛下が何を思いついたか。考えるだに、今なお呆れる話だ。


要するに、トラン・マグポット氏の【魔王】を利用しようという提案。

さすがのゲルノヤ隊長も陛下の正気を疑っていたけれど、当の陛下は

思った以上に冷静だった。そして、自分の考えを客観視していた。

マズい事だと分かっていればこそ、その後でしっかりと俺たち騎士隊の

意見も聞いた。責任重大だったが、厄介事だとは思わなかった。


「それじゃあ、お願いね。」

「了解です。」


その日のうちにあたふたと準備し、大急ぎでヤマン共和国に向かった。

オラクレールが向かったらしい地を確認した上で、行動を起こした。


俺たちが何をしたのか。

ひらたく言えば、デマのばら撒きである。騎士隊がする事なのかという

当然の疑問はさておき、かねてより潜入…というか在住している仲間に

連絡を取った。そしてこの上もなく奇妙な情報の流布を頼んだのだ。


要するに、イグリセ人へのヘイトを煽った。もう少し具体的に言えば、

イグリセ人がヤマン国内でやろうとしている商売への妄言も広めた。


こういうデマというのは、やっぱり自分たちでは上手く流布出来ない。

これはもう、単なる向き不向きだ。いつもの業務から鑑みれば、やはり

向いているとは到底言えない。仮に無理やりやったとしても、望まざる

ほころびが生じていたに違いない。だから在住しているスパイに一任。

くれぐれも度が過ぎないように念を押した結果、実にいい感じに世間は

イグリセ人への敵意に満ちた様相を呈し始めていた。


もちろん、こんな安っぽい扇動など大した効果は得られない。と言うか

その影響が根付くとも考えにくい。こちらとしても、それは望まない。

ちょっとした醜聞といった程度だ。このあたりのさじ加減に関しては、

陛下から一任されていた。

正直、あんまり気は進まなかった。ある意味、陰謀とも言える行為だ。

仮にも女王陛下直属たる騎士隊が、こんな姑息な事をすべきなのかと。


とは言え、その意図は理解できる。

表立って国が動けない現状、こんなアングラな話はどこでもあり得る。

実際、ヤマンのスパイの存在だって国内で確認されているのである。

ならもう、遠慮はいらない。


「それにしても、まさか皇帝陛下もこんなの予想してないでしょうね。

女王陛下直々の情報操作の目的が、まさかここまで限定的だとは。」

「確かにな。」


開き直ったようなリマスの言葉に、迷わず答える自分が少し意外だ。

やっぱり、実際に目にしたからか。多分そうなんだろうな。


流布したデマにより、イグリセから来た商売人たちの風当たりは強い。

それもかなり限定的だ。つまり…

移動店舗の喫茶店は、どこの街でも()()()()()()()()()()()()()()()


勝手な話だが、条件は整えた。

後は彼ら次第だ。



【魔王】として、突き進んでくれ。

このヤマン共和国を。

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