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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ネミルの抱くモヤモヤ

「落ちねえなぁ。」


投げつけられた卵だか何だかの跡を擦りながら、トランがそう呟いた。

口調は静かなものの、隠し切れない苛立ちと怒りがこもっている。

正直、あたしもかなりイライラしている。さすがに口にはしないけど。



何なんだろうな、この国は。


================================


神託カフェ・オラクレール。

あたしとトランで始めた喫茶店だ。無茶が過ぎたかと思っていたけど、

色んな人の後押しで何とかなった。至って小さなお店ではあるものの、

常連さんもそこそこ増えた。天恵の宣告も、ちょくちょく依頼された。

とんでもない事になった時もある。世界を救うために、トランの手で

殺された事さえもあったっけ。今となってはもう、全部笑い話だ。

いつの間にか店員も仲間も増えた。あたしたちなりに描いた幸せの形を

少しずつ築き上げてきたと思う。


そんな中、あたしのミスで異世界の少年の運命を変えてしまった。

どうすればいいか分からなかった。だけど、恵神ローナとタカネさんが

指針をくれた。あれよあれよという間に、移動店舗の二号店ができた。

世界的に見ても先駆的な乗り物で、試行錯誤の営業を続けてきた。


さすがに、この店舗では天恵宣告は謳わなかった。いくら神託師でも、

知らない街でやるのはマズいかなと思ったからだ。オレグストだって、

流浪の神託師なんていうデタラメな肩書きで小遣い稼ぎをしていたし。

やっぱり目的を果たすまで、余計な問題は起こしたくなかったからね。

ちょっとズルはしてるけど、商売としてはまあまあだ。少なくとも、

本店の足を引っ張る事はしてない。どこの街でも結果は出してきたよ。


なのに、国が変わった途端これか。



どうしてあたしたちが、こんな風に悪意に迎えられなきゃいけないの?


================================


「次の街は大きいぞ。」


そんな鬱屈とした、とある夕暮れ。

もう人のいるところでの宿泊なんか願い下げなので、路肩の森に駐車。

色んな意味で危険だけど、ここにはタカネさんがいる。少なくとも、

獣害なんかはそれで対応できてる。なら却って安心って事だね。

外からはフクロウの声が聴こえる、寒々しい時間だった。


「ここまでの道程を考えると、次の街でもヤバい雰囲気になる可能性は

高い。もうこうなったら、素通りも視野に入れるか?」

「なあんか、気が進まないわね。」


そう言ったのはローナ。あたしも、どっちかと言えばそっちに賛成だ。

客商売を生業とする身で、こういう形で尻尾を巻くのはどうにも嫌だ。

そして顔を見れば判る。トランも、そんな選択は望んでないって事が。


『とは言え、最低限の安全くらいは担保しておきたいところよね。』


そう言ったのはタカネさんだった。ここしばらく、彼女はずっと車と

一体化している。人間の姿でいるとまた難癖をつけられそうだからだ。

何かにつけて納得がいかない現状。あたしだってイライラしてるよ。


「安全の担保って何だよ。装甲でもくっつけろってのか?」


明らかにトランの口調も刺々しい。気持ちは分かるけど落ち着こうよ。

だけど、何て言えばいいのか見当がつかない。こんな時こそ、妻である

あたしが支えるべきなのに…


「今日までの流れを考えてみれば、どうしても意図的なものは感じる。

下手すりゃ、監視されてる可能性もあるだろ。そんな状況じゃ…」

『少なくとも監視はない。あたしが常時サーチしてるから。』

「…………………………」


トランが黙り込む。

タカネさんの言葉は頼もしいけど、それで問題が解決する訳じゃない。

監視がないという事は、裏を返せば簡単に元凶を探れない…となる。

問題の根本を絶てない以上、やはり何かしらの対処が必要って事だ。


だけど、この状況で取れる対処っていったい何?

聖者のように、いくら迫害されても笑って受け入れろ…とでも言うの?

冗談じゃない。トランじゃなくてもそんなのはまっぴらだ。あたしにも

我慢の限界ってものがあるんだよ。

だからと言って、相手に輪をかけたギスギスで臨めばもっと悪くなる。

何度も言ってる通り、あたしたちは移動店舗で商売をしているだけだ。

最終的な目標にしたって、とにかくロナモロス教の副教主に会うだけ。

戦争を仕掛ける気もないし、先方の目的を邪魔する気だってほぼない。

こんな道半ばで、荒事だけの日常に突入するなんて絶対に嫌である。

だけど現実は、かくも不毛であり…


「嫌われてる理由が全然分からないってのは、ある意味不思議だね。」


少し冷めたコーヒーを啜りながら、ローナがそんな事を言った。


「確かにここに来るまでに、色々と騒ぎに巻き込まれてはいたけどさ。

どうもそれとも関係ないらしいし、入国してからの心当たりもない。」

『確かに、ちょっと唐突よね。』


タカネさんも困惑声で答える。

この2人に判らない事なら、もはやお手上げだ。原因の究明なんてのは

最初から考えない方がいい。じゃあどうしたらいい?

やっぱり聖人の寛容さで…


…………………………


ん?

ちょっと待って。


聖人の寛容さって、そこまでしても得られるのはわずかな稼ぎだけだ。

相手からすれば、聖人だろうが違う何かだろうが、結果は変わらない。

コーヒー飲んで小銭を払うだけ。


結果が同じなら、あたしたちだけが不愉快な思いをする必要はない。

お金をもらってサービスを提供するという本懐さえちゃんと守れれば、

後は何でもいいんじゃないのか。


そして、あたしの夫は…


「ねえ、トラン。」

「何だよ。」

「明日は堂々と街に行って、商売をやろう。」

「は?…本気で言ってるのか?」

「もちろん。」


皆の視線が、このあたしに集まる。ちょっと珍しい構図かも知れない。

あたしは神託師であり、トランの妻でもあるんだよ。


彼の事はよおく知っている。



だったらもう、開き直ってやろう。

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