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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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居残りの夜に思う

日常という言葉は、ある意味とても不思議だ。

突拍子もないと思っていた事実も、いざその中に組み込まれてしまえば

本当に気にならなくなってしまう。いつもの光景として、いつしか心が

受け入れる。本当に不思議である。


かくいうあたしの存在も、大概だ。

児童小説作家の天恵が生み出した、彼の「夢」の結像。人ですらない。

創作の世界の中に入り込み、時間と空間を無視して移動する。更には、

異なる世界にアプローチする事さえ可能だ。我ながら何だろうコレは。

喫茶店の店主代理を務めながらも、自分の不条理さに時おり呆れる。


神託カフェ・オラクレール。



このお店の日常は、とても不思議。


================================


さて。


ゲイズとシャドルチェの襲撃から、三日が経過していた。何だかんだと

後始末に気を揉んだけど、どうにか大ごとにはならずに済んだらしい。

タカネさんと、それ以上にモリエナが騎士隊相手に立ち回った結果だ。

正直、今回はあたしはとことんまで役立たずだった気がするな。まあ、

もう気にしたら負けだろうけど。


そうして、日常は戻って来ていた。


この日常の中で、もっとも異端だと言えるのはやはりローナの存在だ。

あんまり人の事は言えないけれど、それでも彼女は色々計り知れない。

当然のようにオラクモービルとこのお店を行ったり来たりしてるけど、

傍で見てるより大変だろうと思う。向こうはトラブルも絶えないし。


「まあ、好きでやってる事だから。心配無用よ。」


そうですかとしか言えないよね。

いくら恵神だと言っても、絶対的な後ろ盾になっているわけじゃない。

頼りない部分も多いし、知らない事なんかもたくさんあるらしい。

全知全能とは対極にあるからこそ、ここまで楽しそうにあれこれ難事に

立ち向かえるのかも知れないなあ。根拠のない想像ではあるけど。



そんな彼女が昨日、ちょっと珍しい頼みごとをしてきた。


================================


「…今夜いっぱい、ですか。」

「そう。もちろん灯りは点けない。PCの光だけで十分だから。」

「え?あ、はい。助かります。」


気配りをされると何か調子が狂う。すっかりお店の一員だなあこの方。


今日の閉店後、暗くなってから朝になるまで店を貸して欲しいとの事。

何するんですかと訊いてみたけど、やっぱり返答は理解できなかった。

何だろ、チャットって。少なくとも普通の事じゃないってのは判った。


「まあ、遠くにいる人とパソコンを通してお喋りするって感じよ。」

「なるほど。だけどそれ、わざわざパソコン使う必要あるんですか?」

「ああうん、言いたい事は分かる。神としての力でやれよって話ね。」

「そこまで言ってませんけど。」

「確かにそう思うのも無理はないと思うけど、知ってのとおりあたしは

この姿でないと人間の個を感知する事が出来ない。どうしてもこの姿で

臨まないといけないんだよね。」

「分かりました。」


別にそこまで警戒する話じゃない。わざわざ、トランさんたちの許可を

求める事でもないだろう。あたしは今、この店の店長を任されてるし。

ここは懐の深いところを見せよう!


「戸締りだけは気を付けて下さい。あたしも本の中に戻りますから。」

「ありがと。無理言ってゴメンね。埋め合わせはするからさ。」

「話半分に聞いときますね。」

「ははははは。助かります。」


恵神と軽口叩いてる自分がとっても不思議だ。そんな日常が面白い。

ま、細かい事は言いっこなしでね。


すっかり暖かくなった夜だった。


================================


深夜を回った頃。


シュン!


あたしは、本から外に出た。

何となく気になって、お店の奥の席をそっと伺ってみた。


カチャカチャと聞こえてくるのは、ローナのキーボード入力の音だ。

約束に違わず、この暗いお店の中でずうっとパソコンを操作している。

疲れないのかな本当に。


でも、何だか楽しそうな顔だ。

パソコンの向こうにいる誰かとの、何らかの交流を楽しんでるらしい。

あたしはチンプンカンプンだけど、ちょっと興味も惹かれる。


だけど、同時に思う。


ノートパソコンという「異界の知」を使って連絡している以上、相手も

相応の存在だ。きっと、あたしよりずっと常識から外れてるんだろう。

失礼な見立てではあるけど、恐らくそんなに外れてはいないと思う。


ローナは、あたしを模して人の姿を組み上げた。人の姿にならないと、

あまりにも出来ない事が多いから。その感覚は本人にしか分からない。

文字通り、神の領域というものだ。無理に理解したいとも思わない。

でも、人の姿になっても出来る事に限りがあるのは同じ。今まで何度も

その限界は目の当たりにしてきた。それを、みんなで乗り越えてきた。


おそらくローナは、全知全能ならばこんな風には接触してこなかった。

限界があるからこそ、個として人と関わる道を選んだんだろう。それは

もはや、誰もが認識している事だ。

そんな彼女が、こうして独りで話す相手って誰なんだろうな。きっと、

聞いてもチンプンカンプンだろう。だけど、やっぱり興味は尽きない。


じゃあ、どうする?



決まってる。


================================


コンコン。


壁を軽くノックすると、没頭してたらしいローナがハッと顔を上げた。

そんな彼女に笑みを向け、あたしはいつも通りの口調で告げる。


「コーヒー淹れましたよ。」

「ありがと!」


ローナも笑って答える。いいなあ、たまにはこういう静かな時間も。


「お邪魔じゃなかったですか?」

「ちょっと根詰めてたから、息抜きにちょうどよかったよ。」


そう言ってローナは軽く肩を回す。確かに相当根詰めてたんだろうな。

隣の席に座り、あたしはコーヒーを差し出した。


「熱いから気を付けて。」

「どうもどうも…熱ちちちち。」


言いつつ、旨そうにコーヒーを口にするローナは、いつも通りだった。

深刻な様子も張り詰めた様子も全くない。ちょっと拍子抜けだった。


「誰とお話してるんですか?」

「タカネたちと。」

「え?」


ちょっと意外だった。

もっと特殊な相手かと思ったのに、オラクモービルが相手だったとは…


「あ、ここのタカネじゃないよ。」

「えっ?」

「別の世界にいるタカネ。…まあ、バリエーションと言うべきかな。」

「ば、バリエーション?」


ちょっとよく分からない話だけど、どうにか推測を立ててみる。


「つまり、プログラムの元になったタカネさんって事ですか?」

「そっちと連絡は取れない。もっと別のタカネよ。」

「ええー…。」


ダメだ、あたしの理解を超えてる。想像さえ超えてる。手に負えない。

思った以上にとんでもない相手と、夜通しで話しているらしい。


小さく肩をすくめ、あたしはスッと席を立った。


「コップだけ戻しておいて下さい。後はやりますので。」

「分かった、ありがとね。」

「じゃあごゆっくり。」


席を離れたあたしは、そこでひと言だけ付け加える。


「タカネさんたちによろしく。」

「うん、伝えておくよ。コーヒー、感謝です。」

「どういたしまして。」


シュン!


そのまま本の世界に戻る。これ以上何か言うのは、無粋だと思った。

やっぱりこれは、ローナならではの事なんだ。あらためて確信した。

パソコンの向こうにいるタカネさんというのも、計り知れない。

だけど、それでいいと思う。

計り知れなくても、それがこの店の日常なんだから。あれこれ詮索して

悩むだけ損だ。


きっとローナは、必要だと思うからやってるんだろう。ならば信じる。

同じお店のスタッフとして信じる。それでいいと、あらためて思う。

とりあえず、ごゆっくり。



さあ、明日もお仕事頑張ろう!

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