俺たちにできることを
分かった事も分からない事もある。俺たち三人には、限界がある。
それでも俺たちは、やれるべき事をとことんまで模索する。
【死に戻り】という恐怖の天恵は、指輪の力でネミルに宿っている。
その事は現在、本人がはっきり自覚している。かなり訓練したからな。
これが命綱だ。
俺たちの…というより、みんなの。
どうやら姉貴は助からないらしい。母親はまだ諦めてないけど、父親と
兄貴はもう、現実を受け入れようとしている。それが正しいかどうか、
今の俺に論じる資格はない。
ネミルの事は、誰にも言ってない。言えば必ず余計な雑音が入る。
変な期待をさせてしまう。
だからこそ、万全を期す。
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ポーニーが言うには、あの男が死を選ぶまでは三週間ある。はっきりと
日付を憶えているし、何なら時刻もかなり正確に思い出せるらしい。
「でも今のあたしには、その天恵がどんな基準で戻るものなのかまでは
分かりません。常に同じ時間に戻るのか、長さが決まっているのか。」
「だよな。」
おそらくはその二択だ。とは言え、実際に試すのはリスクが高過ぎる。
だとすればもう、可能な限り最初の死に戻りに「合わせる」しかない。
もちろん、もっと早い時間に戻れたとすれば、対策の選択肢は増える。
しかしその場合、「あの男の天恵を見る」という行為自体が揺らぐかも
知れない。この状況が天恵宣告から発生した以上、その前提が崩れると
取り返しのつかないパラドックスが生まれてしまうかも知れない。
やり直しは利かない。そんな覚悟で臨む必要があった。
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あの男が最初の人生を終えるまでにやった事は、丸ごと消え去った。
もはや、その日々を知る術はない。なかった事はもう知りようがない。
しかし「何をしようとしていたか」くらいは、ある程度調べられる。
俺たちは翌日から店を閉め、あの男について調べる事にした。
名前はエゼル・プルデス。コロノの街で雑貨屋を営んでいる独身男。
店に来た時の名前は本名だったし、年齢詐称もなかった。職業などは、
警察に出向いて調べた。もちろん、死んだ容疑者の詳しい情報なんかを
気安く教えてくれはしない。だけどイザ警部は、黙って見せてくれた。
「まあ、もう死んでる奴だからな。だけど変な気は起こすなよ。」
「はい。…どうもありがとう。」
俺もネミルも、深々と頭を下げた。イザ警部はそれ以上何も言わずに、
早く帰れと手で命じるだけだった。
昨日の夜遅くに、俺の姉貴は意識が戻らないまま死んだ。
それを警部も知ってたんだろう。
俺たちはもう、後には退けない。
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「いよいよ明日ですね。」
その日の夕方。
後片付けの手を止めて、ポーニーがカレンダーを見ながらそう言った。
さすがにもう、店は開けている。
姉貴と婚約者の葬儀も済んでいる。…つくづく喪服を着る機会が多い。
惨劇に揺れた街は、それでも平穏を少しずつ取り戻していた。
俺たち三人以外は。
出来る事はやった。
知るべき事も知った。
後は越えられない壁を、どうやってすり抜けるかだ。
そう。
ポーニーは記憶を全て持ち越せる。
ネミルも、今回はここまでの記憶を持ったまま「戻る」事が出来る。
だけど、俺は無理だ。
【死に戻り】が発動すると同時に、俺はこの三週間を忘れてしまう。
エゼル・プルデスが何者なのかを、全く知らない状態に戻ってしまう。
こればかりはどうにもならない。
それでも、二人に任せるというわけにはいかない。それは許されない。
だからこそ考えた。
三人で、それこそ考えに考えた。
そして俺たちは、時に抗う。
明日
俺の手で、ネミルを殺して。
楽じゃないな。
神託師と一緒に生きるってのは。