800か1000か
異世界転生と異世界転移。
何度経験しても、興味は尽きない。まさに人智を超えた経験である。
人でない、あたしにとってもね。
================================
かつての世界で魔法と呼ばれていた能力は、ここでは天恵と呼ばれる。
これまで見聞きした限り、それほど明確な差はなかったと思うけれど。
しかし天恵の成り立ちは、魔法とは大きく異なっていた。
授ける「神」が存在するというのも重要だけど、やっぱり一番の違いは
「全ての人間が等しく授かる」って点だろうなと思う。15歳になれば
誰でも等しく得るその異能を、この世界の現代は受け入れていない。
何でだろうと疑問は尽きないけど、それが世情なら納得するしかない。
そういうものなんだろうと。
そんな世界で、天恵の宣告を受けた人間はそれなりに異端扱いされる。
不条理極まりない、そして愚かしい風潮だ。得た者も得ていない者も、
どちらも幸せにはなれないだろう。宝の持ち腐れとはまさにこの事だ。
そして。
望まざる天恵を得、望まざる役割を与えられた者の人生もまた厳しい。
誰しもが天恵しか見ない中、孤独に役割だけ果たす不毛な日々。正直、
あたしだったら絶対に願い下げだ。
そんな苦難だけの役割を、モリエナはずうっと果たしてきた。
罪の意識と共に。
彼女の抱く覚悟に、あたしは真っ向から応える。
拓美なら、きっとそうするから。
================================
キッチンカーを作って、移動店舗を展開しながらネイルを探す。
そんな方針が定まった頃に、彼女はあたしにひとつだけ頼み事をした。
ごくごく単純で、それでいて非常に突拍子もない頼み事を。正直言って
ほんの一瞬、彼女が拓美に見えた。それほど無茶苦茶な話だったのだ。
「活火山の噴火口内に連れて行って下さい。」
「は?」
耳を疑った。
同時に、彼女の正気を疑った。
何を言ってるんだ、この子は?
だけど。
やっぱりあたしは、この世界に来てかなり「拓美化」が進行している。
彼女の天恵までを含めて考えれば、その意図はすぐに理解できた。
「…なるほど、いざという時に敵を溶岩に叩き込む捨て身の戦法ね。」
「さすがですね。そのとおり。」
苦笑するあたしに、モリエナも同じ表情で答えた。この子、あたしの
記憶を得てかなり開き直ったなあ。あたしとは別の意味で「拓美化」が
ちょっと進んでる気がする。まあ、それは別にいいんだけどね。
「無茶が過ぎるけど、相討ちとかを考えてるわけじゃないよね?」
「もちろんです。むざむざ死ぬ気は欠片もありません。」
「分かった。んじゃ行こう。ただし死ぬほど熱いよ?」
「…出来れば、死なないギリギリでお願いします。」
「いいでしょう。」
面白い。
なかなか面白い。
んじゃ、地図を持ってきて。
そして。
その結果が、これだ。
================================
「ガアアァァァァァァ!!」
煮えたぎる溶岩の中で、機械人形と化したゲイズが荒れ狂っている。
まだ溶けないのは大したもんだね。よく見ると、彼女の周囲の溶岩だけ
かすかに黒くなっている。どうやら【氷の爪】を展開し、自分の周囲の
溶岩を全力で冷やしているらしい。自然を相手に頑張るねえ、本当に。
「てめえらを殺すんだよオォォォォォォォォォォォォォ!」
『だったら上ってきなよ。』
あたしは、素っ気なく言い放った。何と言うか、もうまともに相手する
気にもなれなかったから。
どうしようもない。
この女には、救いってものがない。
拓美なら何て言ったんだろうな。
さぞかし、自分を殺したこのあたしを恨んでるんだろうな。同様に、
裏切ったモリエナも許せないと。
だけど、そもそもあんたは誰からも殺される理由があったでしょうが。
あんたが恨んでる相手はあたしたちだろうけど、あんたを恨む相手は
それこそ数限りない。今になって、一方的な執着をされたって困るよ。
そして何より。
あんた、このあたしにリベンジでもするつもりだったの?
機械の体を得た事で、このあたしを殺せるようになったとでも思った?
笑わせるな。
あんたごときの力で、このあたしが殺せるわけないでしょうが。
恨むのは勝手だけど、そこまで増長されるとこっちも対応に困るよ。
もちろん、あたしはごくごく少数の分体でしかない。さすがにこの数で
竜人のボディまでは形成できない。行使できる能力もかなり限定的だ。
本体は、もっと大切な目的のためにヤマン共和国に赴いているから。
だからこそ、モリエナの覚悟というものを尊重したのである。
己が今までしてきた事を考えれば、腕くらい安いものと言った彼女を。
あんたがモリエナの腕を斬り落とすのは、ほぼ完全に予想出来ていた。
っていうか、あえてそう仕向けた。それはモリエナとの連携だった。
あの子は、あたしという存在と共に【共転移】を行う事が出来ない。
あたしの記憶が頭に流れ込む事で、精神崩壊を起こす危険があるから。
だけどあの子は、切り離された己の体のみでも天恵を発動させられる。
他でもないあんたに腕を凍らされた時、ランドレを救うためにやった。
同じく右腕を砕いて切り離し、彼女だけをオラクレールに転移させた。
今回やったのは、あれと同じだ。
斬り落とされた手首を、内部に潜むあたしが動かして足首を掴ませた。
ずっと神経など代行していたから、その程度の操作は簡単だったよ。
そしてここに来た。
手首だけの転移なら、モリエナにはあたしの「記憶」は流れ込まない。
己の右手を失う覚悟と引き換えに、あの子はあんたをここに送った。
同じ事の繰り返しだ。
気付けなかったあんたは、あたしはおろかモリエナにも勝てなかった。
ただ人を殺す力がほんの少し増しただけの、底の浅い屍人でしかない。
あえて、拓美風に言わせてもらう。
抜いたのは、そっちが先だぜ。
================================
「ぬぅぅぅぅううあァァァ!」
もはや下半身は原形を留めていないだろう。それでもゲイズは、周囲の
溶岩を冷気で固めてみせた。さすが【氷の爪】の使い手だ。正直言って
予想を超えてるよ。
「てめえを…殺すんだよオォォ!」
ずるずると冷えた溶岩の上を這う、その姿はまさに醜悪の権化だ。
執念だけは大いに買うよ。そこまで粘る奴はそうそういなかったから。
んじゃ、終わりにしようかゲイズ。
「竜皇弾。」
ダダダダダン!!
あたしが虚空から放った、計5発の青緑色の弾丸。それらは等間隔で、
ゲイズの周囲の溶岩を叩き割った。その真下に蠢く溶岩の輻射熱など、
ものともせずに。
バキイィン!!
亀裂の入った岩は呆気なく砕けた。どうやら想定より薄かったらしい。
目を見開いたゲイズは、再び溶けた岩の中に落ちた。
「てンめえエエェェェェ!!!」
『じゃあね、ゲイズ・マイヤール。今度こそしっかり最期を遂げな。』
「アガアアァァァァァァァァァアァァアアアアアァァァ…アア…」
ついに彼女の肉体は完全に溶けた。
最後まで屹立していた右手の刃も、飴細工のように折れて沈んでいく。
大きく開けた口が、そのまま上下に分かれてほぼ同時に沈む。
睨む目は、もはやこちらに向いてはいなかった。
トプン!
小さな音を立て、ゲイズを形成する最後の一片が沈んだ。
もはや、何の痕跡も残らなかった。
「…うん、T1000っぽかったな断末魔は。」
我ながらヤバいなと思う。
あんなのを目の当たりにした直後、こんな例えを口にする自分が。
安らかでなくていい。
誰もそんなの、期待していない。
先に果てた父と共に、永遠に眠れ。
地獄かどこかで。
さらば【氷の爪】。