ヤマンの地にて
うんざりするようなトラブルに直面したけど、逆に船酔いしなかった。
多分、それどころじゃなかったからだろうな。ネミルは酔ったらしい。
ともあれ、どうにか無事船は港への入港を果たした。ジェレムたちとは
あえて挨拶しなかった。もしここであれこれと話すと、またややこしい
話を蒸し返すかも知れないからだ。お互い、もう忘れようって事だな。
あの二人は、国際見本市に出展するために来たらしい。いい話だなぁ。
【錬金術】なんて厄介な天恵を得たにも関わらず、ジェレムはきちんと
未来を見てる。パートナーも傍らにいる。ジェレムという人間を知り、
その上で共に歩む存在だ。だったらとことん応援したい。あいつもまた
ネミルが天恵を告げた一人だから。
いい結果を期待してるよ。
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さて。
そんなわけで、ヤマン入国である。さすがにちょっと感慨深いな。
文字通りの見切り発車だったけど、結果としてここまで辿り着いた。
正直、ちょっと信じられない。
俺もネミルも、旅行にはあまり縁がない。機会がないというよりむしろ
性格的にさほど興味がないからだ。それがこんな遠い外国まで、しかも
車で来たってんだからなおさらだ。人生って本当に予想外ばっかりだ。
もちろん、間違っても遊びに来たというわけじゃないけど。
その一方、俺もネミルもここまでのキッチンカー経営で逞しくなった。
初日いきなり車酔いに苦しんでいたネミルも、今では終日乗っていても
ケロッとしてる。俺だって同様だ。一日中運転していてもへっちゃら。
店を始めた時から比べれば、自分で言うのも何だけど本当に別人だよ。
ルトガー爺ちゃんも、まさかこんな未来は全く想像しなかっただろう。
分からないからこそ、未来ってのは面白いもんだよな。
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グリッテがどういう形で乗船したかについては、もはや分からない。
しかし、雰囲気からして密航という手段は取らなかっただろうと思う。
堂々と乗船したのなら、乗客名簿に名前があっても不思議じゃない。
とすると、「居なくなった」という事実も残る。今のところボートが
無くなった事実は露見していない。チェックはこれからなんだろう。
ならば、さっさと降りた者勝ちだ。俺たちもジェレムも真っ先に下船。
ちょっと緊張したけど、特に問題は起きなかった。まあ、軍人とかじゃ
ないんだから、下船時のチェックもそれほど厳しくないって事だろう。
後は野となれだ。
さすがに運転にも大いに慣れてる。船から降りるのも危なげなく完了。
そんなに栄えてる港じゃないから、注目される事もない。もちろん、
ここで商売する気もない。とっとと次の街へ行くだけだ。
ここからは、もう寄り道はナシで。
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「ふーーー…」
街道沿いにある大きな店の駐車場にオラクモービルを停めた俺たちは、
揃って大きな息をついた。やっぱりちょっと気を張ってたんだろうな。
ネミルは爆弾の事は知らないけど、似たようなもんだろう。
「どうにかここまで来たね。」
「そうだな。」
『さすがに疲れた?』
「いや…まあ疲れたんだろうな。」
ダッシュボードから聞こえるタカネの問いに、俺は苦笑しつつ答える。
何だかんだ言っても、これほど遠くまで来るとは思ってなかったから。
とりあえず、一服しよう。
「ここで食事できるかな。」
店の方を見やったネミルがそんな事を言った。同時に小さく腹が鳴る。
そういや腹減ったな。見てみると、レストランと雑貨屋が合体した系の
総合店舗だ。俺たちみたいなのを、メインの客層にしてるのかも。
「ええっと…あ」
そこで俺は失態に気づいた。
急いだせいで、港での換金手続きを忘れていたのである。
「どうしたの?」
「この国の金がない…」
「ええっ!?」
すっかり車を降りる気になっていたネミルの声が、悲痛に裏返った。
「どっ、どうするの!?」
「港まで戻るしか…」
「ええぇぇぇぇ!!?」
ますます声が裏返る。面目ない…!
こればかりは、どうにもならない。【魔王】で無銭飲食なんて外道だ。
面倒でも、戻るしか…
と、その刹那。
ジャリジャリジャリン!
くぐもった金属音がダッシュボードから聞こえてきた。俺とネミルは、
不意を突かれて同時に飛び上がる。何だ、何が起きた!?
『両替したよ。』
「え?」
『まあ、開けてみなって。』
言われるがままにダッシュボードを開けてみると…
あった。
まぎれもない、この国の貨幣が。
いや、何でだ!?
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「まさか偽造か!?」
『人聞き悪いわねえ。まあ違うとは言わないけど。』
俺の問いに、タカネがしゃあしゃあとそんな言葉を返す。何だと!?
「どうやって出したの!?」
『イグリセの貨幣から作ったのよ。だからまあ、物理的な両替ね。』
「作ったって…」
とにかく一枚手に取って見たけど、どう見ても20ランマルク貨幣だ。
こんな物を、一体全体どうやって…
『あたしは、胃で消化した物体なら制御する事が出来る。貯蔵する事も
別の形で呼び戻す事もね。だから』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」
滔々と語るタカネをとにかく止め、内容を頭で復唱する。
胃で消化?
貨幣を?
それってつまり…
「…貨幣を食ったって事か?」
『そう。胃酸でドロドロに溶かしてから、ナノ制御で…』
「分かった、もういいよ。」
最後まで聞くのが怖い。
このオラクモービルがタカネの一部だという事実を、今さら実感する。
ふと見れば、ネミルもちょっと顔が青い。色々と察したんだろうな。
「ありがとう、助かったよ。」
『お安いご用。』
「…うん、ありがとね。」
とりあえず、感謝しておこう。
………………
ちょっと食欲は無くなったけど。