伝えたいこと
つくづく、不条理な状況だと思う。さすがにこんな経験は初めてだし、
多分これからも二度とないだろう。
あたしもラスもミロスさんも、全く異なる存在だ。それが時間と世界を
超越してこんな場所に集っている。ローナに言っても信じないかもね。
特異点が誰なのかは分からないし、分かる必要もない。ただ、やる事は
この上なく明白だ。あたしはただ、あたしの役割を果たすだけ。
ですよね、トランさん。
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「……純さんの子供が、交通事故に遭って異世界転生…?」
あるがまま話したら、ミロスさんは何とも言えない表情になった。
ああ、やっぱりまだ知らないのか。つまり彼女は、あたしの感覚からは
かなり過去の意識という事になる。何と言うか、実に不思議な感じだ。
「異世界を覗く時は、過去も未来も超越出来る。」
何度もローナが言った事だ。彼女はノートパソコンを使い、他の世界を
覗き見る事が出来る。自分の世界でないからこそ、過去も未来も自由に
選べる。干渉出来ないからこそだ…とか言ってたっけ。逆に考えれば、
干渉出来ている「今」はもう、既に確定した過去の一部分なんだろう。
つまりあたしとラスは、過去改変の禁忌を犯しているわけじゃない。
むしろ逆だ。今ここで確かな結果を残さないと、歴史が歪んでしまう。
「トモキ君って、まだそちらの世界では誕生してないんですか。」
「トモキって言うんだ、あの子…」
「あの子って?」
「純さんのお腹の中の子よ。」
なるほど。アクセスできた時点でのトモキは「もうすぐ生まれる」って
状態なのか。何だか、凄く納得だ。頭の中はちょっと混乱してるけど。
だけど、迷う。
果たして今、あたしはどこまで説明すればいいんだろうか。あまりにも
具体的に何もかも話してしまうと、事故そのものが起きない可能性すら
生じるだろう。だからって、全てをぼかしてしまうのもまずいと思う。
本当に、どのあたりまで…
「ポーニーさん。」
「えへっ、はい?」
いきなり声を掛けられたあたしは、ちょっと間抜けな返答をした。
「何でしょうか。」
「お話を聞く限り、あなたは今この時より未来から来たんですよね。」
「そ…うなると思います。多分。」
「あたしにも経験があります。」
経験?
「何のですか?」
「過去の世界に行くという経験。」
「えっ!?」
唐突なるカミングアウトに驚いた。だけど、確かタカネさんもそういう
転移を経験したって言ってたっけ。つくづく、特異な経験の多い世界。
「だけど、あたしの時とは違う。」
「何が違いますか?」
「実際に時を超えているのが、精神だけって点よ。」
不条理極まる状況にもかかわらず、ミロスさんはあくまで冷静だった。
「あなたたちが過去に遡ったのか、それともあたしが未来に来たのか。
多分、どっちでもないんでしょう。とっても曖昧な状態。」
「…………………………」
確かにその通りだ。あたしもラスも黙って彼女の言葉に聞き入る。
彼女はおそらく、あたしたちよりもずっとこの状況を客観視している。
だったら今は聞こう。その見解を。
「感覚で判るのよ。」
「…何がですか?」
「きっと、ここで聞いた事はあまり憶えてられないんだろうなって。」
「え…」
返す言葉に詰まった。
何となくそんな気はしていたけど、はっきり言われるとやはり戸惑う。
だけどまだトモキが誕生していないなら、ミロスさんのここでの記憶は
ある種の生命線になり得る。なら、憶えていてもらわないとマズい。
タカネさんがこっちの世界に来ない事には、あたしたちの今日までは
成立しない事になってしまうから。
だけど、一体どうすればいいのか。
この場所にまでミロスさんの意識が来た以上、トモキがこれから辿る
運命を知り得る機会は今しかない。そして実際にタカネさんがトモキの
記憶の中から現れた以上、ここでの会話はほんの少しでもミロスさんの
記憶に残っているはずだ。
そう、どうすればいいかは最初から決まっている。求めるのは方法だ。
文字通り「どうやってミロスさんがあたしの情報を現世に持ち帰るか」
これに尽きる。具体的な事故の日時をタカネさんが知らなかったという
事実を踏まえれば、持ち帰る情報はほんの少しでいいはずだ。
話すべき事は全て話す。ミロスさんの心に可能な限り残す。
その上で、どうにかして忘れない…いや「思い出せる」ようにすれば。
あたしの役目はそのはずだ。
どうやって…
「ちょっといいかな。」
そこで声を上げたのはラスだった。
「思い出すきっかけが必要だというなら、あたしが何とかするよ。」
「え、どうやって?」
「もちろん、操音の魔法でね。」
「「え?」」
あたしとミロスさんの声がきれいに重なった。
魔法を使って、思い出すきっかけを作る…?
「あたしはラス・パランバ。」
そう言い放ち、ラスはあたしたちの顔をゆっくり見比べた。
「あなたとエイラン・ドールという二人の作家が創作した音の魔術師。
もちろん創作の中の存在だけれど、そこそこ出来る事はあるんだよ。」
「信じていいのね?」
「お姉さんに任せなさいってね。」
ミロスさんの問いに答えたラスが、そこでニッと笑った。
「どうせなら挑む方がいい。実在の「あたし」も、そんな人間だったと
思いたいからさ。」
「分かった。」
「やりましょう。」
迷いのないラスの言葉に、あたしも迷いと躊躇を捨てて向き合おう。
エイランの天恵と、彼女自身の力に託してみよう。
さあ、挑め限界に。