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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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音のない世界で

…ん?

何?


声じゃない。

でも、何か聞こえる。

目の前のパソコンから…?


違う。


これは



その向こうの…


================================


あたしが言う事じゃないんだけど。

この世界って、本当に不思議だ。


まぎれもない世界の中に、あたしの知る人たちが存在している。

だけど、彼ら彼女らと話したりする事は出来ない。ただ眺めるだけ。

時が止まった世界みたいにも見えるけど、ちょっと違う。


ここはあたしを生み出した、作家のエイラン・ドールの作品世界だ。

彼の天恵の具現化と言うべきあたしは、作品世界に入る事が出来る。

彼の著作でありさえすれば、自由に出入りする事が出来る。もちろん、

その中を自由に歩き回る事も。

だけどあたしは、この世界の住人という訳じゃない。あくまでも作者の

天恵の産物だ。だから作品の世界がフィクションである事をきっちりと

認識しているし、この世界の営みに関わる事は許されていない。


ここにはちゃんと、作品世界の中のホージー・ポーニーも存在する。

あたしをモデルにして、エイランが創出したキャラクターだ。世界中で

愛され、子供たちに夢を与えてきたポーニー。彼女も「ここ」にいる。

話した事はない。いや、話せるとも思っていない。これまでも、そして

これからも。彼女が「この世界」のポーニーである事に、妬みはない。



あたしはあたしとして、外の世界に居場所を見出したからね。


================================


「よ、久し振り。」

「ウー。」


挨拶を交わしたのは、小鬼君だ。

粘っこい体を持つ、一つ目の怪物。でもとってもおとなしくていい子。

トーリヌスさんを救出する際には、囮として活躍してくれたっけ。


『三つ編みのホージー・ポーニー』の世界には、ごくたまにこういった

異分子が紛れ込む。どこかの本に、誰かが書き足した「夢」が顕現した

存在だ。エイランの天恵の力でこの世界に入り込んだという意味では、

あたしに近い存在。だから話したり触れたり、あるいは「外の世界」に

連れ出すなんて事もできる。教皇女ポロニヤの描いた宝石なんてのは、

ある意味無限の資金源だ。もちろん無断で出したりはしないけどね。


嬉しい存在なんだけど、出会う機会は本当に少ない。気のない落書きは

まともに顕現しないから、真の意味での「愛読者」にしか生み出す事が

出来ないらしい。そして、そういう愛読者は滅多に本に何か書いたりは

しないもの。切ないジレンマだね。まあ、レアキャラという感じかな。


「ウー。」


のそのそと歩み寄ってきた小鬼君の頭を撫で、あたしはちょっと笑う。

ああ、何かいいよねこんな時間も。久し振りの自分だけの時間だ。


トランさんたちは、ヤマン共和国に到着したらしい。いよいよだね。

あの国でも翻訳本は出ているから、行った事は何度かある。正直言って

あんまり好きな国じゃないけどね。理由はまあ…色々とある。


ネイル・コールデンが何をしようと企んでいるかは、およそ察してる。

ローナにとっては、別に取り立てて断罪するような事じゃないだろう。

あたしたちは、あたしたちの目的を果たすだけ。大変なんだろうけど、

タカネさんがいれば何とかなるよ。そう信じるしかない。


きっと波乱もある。

そうなる前にいま一度、この世界をのんびり歩くのも悪くないよね。


「行こうか。」

「ウー。」


連れもいるし。

のんびり明るく行こう。


================================


巻数が変われば世界も姿を変える。エイランの創造力の賜物だろうね。

どの巻の世界もよく知ってる。何せあたしも執筆には協力してたから。

事実上の共著なんだから、ある意味エイランより詳しかったりするよ。


気の向くままに赴いたここは…と。ああそうだ、15巻の世界だね。


「ウー?」


キョロキョロ興味深げに、小鬼君が周囲を見回す。そうか、この子って

基本的に自分が書かれてる本の世界にしかいないから、珍しいんだね。

ええと15巻。確かゲストキャラがメインになって進む話だったっけ。

いつもと違い、ポーニーはゲストの行動をサポートする内容だった。


…正直、あまり好きな話じゃない。いや、内容は十分面白かったけど。

好きになれなかったのは、その時のゲストキャラだ。性格が悪いとか

そういう意味ではなく、成り立ちがちょっと嫌だったのである。


いつもそういうキャラクターを創出する際、エイランはあたしに相談を

していた。二人で、ああだこうだと話し合いながらキャラを創ってた。

だけどあの時は、やけにエイランが一方的にキャラを決めた。何だか、

最初から全て決まっているキャラを強引に押し通すような感じだった。

正直、もしかして誰かの作品からの盗作じゃないのかとさえ思ってた。

結果的にそんな事実はなかったし、そのキャラも人気が出たんだけど。


時々、エイランはそういう「変な」テンションで創作をしていたっけ。

あたしにも、分からない事はある。そう割り切って見守っていたけど。

いずれにしても、もう昔の話だ。


せっかくだから見に行こう。

この世界で、あの子はどこにいるんだったっけ。ええっと確か…



「ねえ。」

「!!?」


背後からかけられた声に、あたしは思わず飛び上がった。


あり得ない。

起こり得ない。


この世界に。

あたしにこんな風に声をかけられる存在がいるなんて事は。


「ウー?」


怪訝そうな傍らの小鬼君の視線を、おそるおそる追って振り返る。

そこに立っていたのは、小柄な少女だった。人懐っこい笑みを浮かべ、

あたしの顔をじっと見ている。

見覚えがある。

他でもない、この15巻の世界で。何度も何度も目にした少女だ。


名前も知ってる。

と言うか、つい今しがたまで彼女の事をずっと思い出していたんだ。


15巻「音のまほう」に登場した、ゲストキャラクター。


「こんにちは、ポーニー。」

「こんにちは…」


ためらいながらも、あたしは挨拶の言葉を返して続けた。


「ラス・パランバ…ちゃん?」

「そう、そのとおり!」


嬉しそうに答えた彼女が、両の手をパンと打ち鳴らす。その高い音は、

手元ではなくはるか頭上で響いた。


ラス・パランバ。



音を操る、不思議な少女だ。

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