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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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今ひとたびの宣告

埋葬の儀が始まり、献花の人たちが列を成しつつあった。

俺たち二人とポーニーは、その様を少し離れた木の影から見守る。


「…もう、50年も前です。」


大きな棺に目を向けて、ポーニーはゆっくりと語り始めた。


================================


「エイランは長い間、作家としてはなかなか目が出なかった。それでも

己を信じ、貧しい中でただひたすら創作を続けていました。…そして、

40歳を越えた頃にルトガーさんに天恵を見てもらったんです。」

「何かきっかけでも?」

「さあ。それは聞いてません。」


ネミルの問いに、ポーニーは小さく肩をすくめて答えた。


「天恵宣告を受けて、あたしは彼の心の結晶として誕生したんですよ。

とは言っても、あたしという存在を見たり聞いたりできるのは彼だけ。

ちょうど昨日のネミルさんみたいな感じでした。」

「…じゃあ、それから50年ずっと一緒にいたって事ですか。」

「長いとは思いませんでしたけど、エイランはどんどん老いましたね。

だけど楽しかった。…彼と二人で、色んな物語を紡いでいったんです。

彼が最後まで結婚しなかったのも、あたしが理由だったのかも。」

「………………」


俺もネミルも何も言えなかった。

別に気の毒だとか、そういう思いがあったわけじゃない。ただ純粋に、

彼女とエイランの過ごした長い歳月を想像できなかっただけだ。


ルトガー爺ちゃんが天恵を宣告した事によって、ポーニーは現出した。

それが妄想や幻覚の類ではなかったという事実は、今の状況が物語る。

エイラン・ドールは、彼自身の天恵が生み出した彼女と共に作家人生を

歩んだ。それがどんなものだったかなど、俺たちに分かるわけがない。


作家として大成した事は知ってる。それは何より実績が物語っている。

エイラン・ドールは、現代においてもっとも成功した児童作家だろう。

目の前にいるこの少女は、その彼と共に歩んできた「天恵」の化身だ。


だとすれば。

彼女は今、ネミルに何を望むのか。


================================


「我ながら不思議だと思います。」

「え?」

「エイランが死んでしまったのに、なぜ今もあたしは在るのかって。」

「それは…」


「確かに」という言葉をかろうじて呑み込む。

天恵の化身だというのなら、本人が亡くなった後なのにどうして存在が

維持されているのか。もう俺たちの理解を完全に超えている不条理だ。


しばしの沈黙ののち。


「…心残りがあった、とか?」


思案の末なのだろう。ネミルが小声でそう言った。


「もしかして、最後に何かやりたい事があったとかじゃないのかな。」

「どうだろう。」


怒るでもなく、そう呟いたポーニーは視線を献花の列に向ける。

その中には、声を殺して泣いている人も見受けられた。


「…今のこの光景、エイランが見る事は無かったんだよね。」

「それはそうでしょうね。」

「それを見るために、あたしがまだ存在してるんだとすれば…」


言いながら振り返ったポーニーは、小さな笑みを浮かべていた。


「ねえ、ネミルさん。」

「はい?」

「エイランは、ルトガーさんが既に亡くなっている事を知っていた。

それでもお宅を訪ねろと、あたしに言い残した。…そしてあなたは、

ルトガーさんから神託師のお仕事を継いだ。」

「ええ、そうね。」

「だったらひとつ、お願いをしてもいいでしょうか。」

「…何を?」


「もう一度、エイランの天恵をこの場所で宣告して欲しいんです。」


================================


正直、俺にはその頼みごとの意味が分からなかった。

50年近く前に受けた天恵宣告を、死んでからもう一度受ける意味が。

もちろんネミルも俺と同じだろう。でも、予感めいた確信があった。


「分かりました。」


やっぱりな。

ネミルならきっと引き受ける。

それはもう理屈じゃない。そうするだろうなという純粋な確信だ。


「できるのか?」

「さあ、分かんない。」


俺の問いにあっさり答えつつ、その顔に迷いの色はなかった。


「だけどこれが最後なら、神託師としての責任は果たしたいからね。」

「…なるほどな。」


一端を口にするようになってきた。誰目線だって感じだけど、何となく

感慨深いものがあるな。


「ありがとう。」

「えっ?」

「おい?」


お礼の言葉を残し、ポーニーの姿は一瞬で掻き消えた。俺もネミルも

驚いたものの、今さらうろたえたりするのは違うとも思った。


「…んじゃ、並ぶか。」

「うん。」


繋いでいた手を離し、俺たち二人は献花の列の最後尾に並んだ。


================================


いよいよだ。


曇り空の下、墓標と棺の前に並んで歩み寄る。既に献花の列はなく、

俺たち二人が済めば埋葬が始まる。静まり返った中、俺はあえて何も

言葉をかけたりはしなかった。


指輪をそっと撫でたネミルの目が、いつものあの淡い光を帯びる。

…既に亡くなっている人を相手に、果たして天恵なんて見えるのか。

まあ、俺が心配しても意味がない。ただ信じるだけだ。


しばしの沈黙ののち。


ひとりで前に出たネミルは、スッと棺に手を伸ばして軽く触れた。

不作法とも言えるその行為に対し、周囲の人の空気が少し険しくなる。

しかしネミルは動じなかった。俺もやはり何も言わなかった。

そして。


「…作家エイラン・ドールさん。」


まるで生者に相対するかの如き口調で、ネミルはゆっくりと告げる。


「いま一度お聞き下さい。あなたの天恵は」


そこでネミルは、嬉しそうな笑みを浮かべた。



「【夢を形に】ですよね。」


================================


シュパァッ!


宣告と同時に、棺から金色の閃光があふれ出た。


「ええッ!?」

「な、何が!?」


周りの人たちが驚く中、その閃光は収縮してひとつの形を成していく。

俺たちにとって既に見覚えのある、三つ編み少女の姿を。


『ありがとう、ネミルさん!』


あの大きな笑みを浮かべた彼女が、そう述べた刹那。


「…ポーニーだ!!」

「ホージー・ポーニーだぁ!」


参列者の誰かが、そう叫んだ。

その声を耳にした場の全員に、同じような言葉と確信が広がっていく。

…ああ、やっぱりこの姿はポーニーそのものだったんだなと思えた。


『皆さん、お集まりいただき本当にありがとうございます!』


棺の真上に浮かぶポーニーは、その両手を広げて声を張り上げた。

皆がその姿を見ていた。そしてその声をはっきりと聞いていた。


『…エイランの書いた物語を、彼の紡いだ夢を愛して下さって、本当に

ありがとう。彼は、間違いなく幸せでした。あたしも幸せでした!!』

「…ポーニー!!」


歓声が重なる中、ポーニーはスッと屈み込み、棺の蓋に両手を当てた。


『さあ、最後のご挨拶!』


シュパッ!


その言葉と同時に、新たな光が棺の上にあふれ出す。やがてそれは、

金色の人影をゆっくりと形成した。

紛れもない、作者近影の写真で見たエイラン・ドールの姿を。すぐ隣の

ポーニーと比べ少しぼやけてはいるものの、その笑顔は見て取れた。


『ではこれにて。』


少し芝居がかった仕草で、棺の上の二人は深々とお辞儀をした。

大勢が見守る中、その姿は光の粒となってゆっくりと昇っていく。


「…ありがとうー!!」


誰かが叫んだ。

それを皮切りに、同じような感謝の言葉が次々に乱れ飛んだ。

しめやかだったはずの埋葬の儀は、賑やかな送別の場と化していた。


ふと目を向けると、ネミルは笑顔で涙を流していた。

それが決して悲しみの涙ではないという事は、俺にも分かる。



昇る光は、雲の切れ間にゆっくりと吸い込まれていった。


================================


「小さな奇跡、か。」


翌日。


新聞の見出しに、俺はちょっとした感慨を覚えていた。

あの直後、騒ぎのどさくさに紛れて脱出した。そのおかげで俺たちは

妙な注目をされずに済んだ。まあ、作家の魂が起こした小さな奇跡って

解釈で落ち着くんだろう。…実際、それでほぼ合ってるんだろうし。


「…だけど、あんな事も出来るとはびっくりだよね。」

「爺ちゃんがそこまで考えていたかどうかは怪しいけどな。」


天恵を二度告げる事で、あんな奇跡を起こせるとは。つくづく天恵とは

簡単に理解できない概念だ。


「ポーニー、どうしてるかな。」

「さあな。意外と向こ」


チリリン。


「あ、いらっしゃ…」

「はーい、どうもこんにちは!!」

「え?」

「へ?」


同時に向き直った俺とネミルの目に映った、その姿。

不揃いな三つ編みと、顔いっぱいの大きな笑み。


「…ポーニー?」

「昨日はどうもありがとう!」

「…いや、どうしてまだここに?」

「いちゃダメですか?」

「いや…」


あんな荘厳な幕切れを演出したってのに、普通に戻ってくるのかよ。


「なあぁんかあたしだけこの世界に定着したみたいなんで、しばらくは

お世話になりますね!」

「え?」

「というわけで、雇って下さい!」

「…えぇ?」


顔を見合わせる俺とネミル。だけど驚きの中に、妙な納得があった。

ああそうだ。


三つ編みのホージー・ポーニー。



確かにこんなキャラだったなあと。

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