集えバルツェットの地に
「大変だったわねえ。」
「まあ、それなりに。」
サポーターを当てている右手を見たネイルの言葉は、何とも
薄っぺらな気遣いという感じで耳に障った。とは言え、別に
その事に対する怒りなどない。彼女は前からこんな感じだ。
むしろ、あれやこれやと細かく質問される方が煩わしかった。
どこで誰にやられたか。それを説明するのは実に簡単だ。
だが、それをするとまた厄介な話が増える。マルコシム聖教の教皇女が
絡んでるなんて言ったら、それこそまたヒステリーを起こすだろうし。
言わない方がいい事は言わない。
突っ込んで訊いてこないという事実からも、俺の扱いの軽さが判る。
まあ、今さらって話だからな。
================================
ヤマン共和国の北部に位置する街・バルツェット。
イグリセを脱出したロナモロス教の幹部たちは、ここに集結していた。
ほとんどがカイの【共転送】の力で転移した連中だ。言うまでもなく、
密出国に密入国。こういう天恵は、確かに世界のルールと相性が悪い。
まあ、限りなく今さらって話だが。
俺はカイとオロイクの街で合流し、そのまま船でヤマンまで渡った。
さすがに直行ではなかったものの、今度は問題なく船を降りられた。
後は陸路でバルツェットまで来た。正直、着いた時にはホッとしたな。
事実上、俺たち二人が殿だった。
カイは自分を転送する事が出来ないから、どうしても最後になる。
考えてみれば、一人で損をしている役回りだ。気の毒なもんだよなぁ。
本人に不満がないなら、まあそれでいいんだろうけど。
俺はどうなんだろうか。
正直な話、もう俺の天恵【鑑定眼】の価値ってのはほぼ失われている。
教団専属の神託師だったグリンツが捕らえられてしまった以上、いくら
俺が誰かの天恵に価値を見出しても宣告が出来ない。つまり天恵持ちの
補充自体が出来ない現状だ。なら、俺は何のためにここにいるんだか。
卑屈になる気はないが、自問自答を繰り返してるのも事実だ。もはや、
俺をスカウトしたエフトポでさえも死んでいる。今のロナモロス教は、
はっきり言ってガタガタだろう。
それでもここにいる自分が、何だか不思議だな。
切り捨てられていない事にも、俺が見限っていない事にも。
疑問は尽きないが、まあいいか。
================================
「ようやく揃いましたね。…本当に待ちくたびれましたよ。」
どこにそんな資金が残ってたのか、豪奢な邸宅の大広間で。
皆を前にしたネイルは、感慨深げにそんな言葉を吐いた。…正直だな。
どこまで行ってもこの女は正直で、そして己の野望に対しても忠実だ。
天恵が人を狂わせるのか、それとも狂っているからこそ規格外の天恵を
授かるに至ったのか。もう、今さらどうでもいい事ではあるが。
「待ちくたびれたとのたまう以上、準備は出来てるんだろうな?」
「ええ、もちろん。」
俺の問いに即答したネイルの目が、反対側に座る二人に向けられた。
…控えめに言って、かなり異様だ。カイがいなければ、まず間違いなく
国を出られなかっただろうと思う。片方に関しては、俺は以前の容姿を
知っている。それだけに恐ろしい。
片方はゲイズ・マイヤール。いや、今はブリンガー・メイだったか。
申し訳程度のマフラーを巻いているものの、その体が機械で出来ている
事実は隠しようもない。本人的にももう隠すつもりはないんだろうな。
もう一方は白いメガネをかけた女。黒ずくめの中に、その白いメガネが
やたら目立つ。それにしても、あのレンズ本当に光を通すのだろうか。
誰なのかは聞いている。【洗脳】の天恵持ちだ。名前はシャドルチェ。
ランドレと同じ天恵を持つ、彼女の伯母らしい。ちなみに犯罪者だ。
イーツバス刑務所から、メイが脱獄させたんだとか。だからこんな風に
いつも二人でいるって事なのか。
今のロナモロスにとって、この二人は危険な要である。
================================
「ま、時間はかかったけどね。」
そう言いつつシャドルチェは小さく肩をすくめた。
「全員、死さえも恐れないご立派な殉教者におなりですよ。命令権を
移譲すれば、一人残らず自由自在に動かす事が出来る。」
「殉教だなんて不吉ですよ。」
ネイルの隣に座る教主のミクエが、何とも彼女らしいことを言う。
「尊い命です。力の限り、この私が救いたいと思っております。」
「それはどうも。」
面白そうな口調で、メイが答える。正直、俺も苦笑を堪えていた。
今になって尊い命とか言われても、ネイルの目的にはかすりもしない。
いくら治癒の天恵を持っていても、ミクエは欠片も現実を見ていない。
もう、彼女の言葉はBGMに近い。…俺も不遜な人間だな本当に。
「で、魔鎧屍兵の方は?」
「駆動時間の延長は目途が立った。まあ、半日くらいなら行けるよ。」
そう答えたのは、俺の並びに座っていたマッケナーだ。こいつも大概に
人相が悪くなってきてるな。正直、俺も人の事は言えないだろうが。
……………
なるほど。
「つまり、後は決行あるのみか。」
「そういう事ですよ。」
俺がカイを連れて来られなければ、練り直すしかなかった計画だよな。
場当たり的なのは変わっていない。…これも今さらって話だろうけど。
ま、今目の前にある現実が全てだ。あれこれ気を回しても仕方ない。
ここまで来たら、見届けてやるよ。
俺なりの形でな。