彼らの目的
とにかく落ち着こう。
非常に変な話だけど、今ここで最も落ち着いているように見えるのは、
捕縛した四人だ。【魔王】の術中に堕ちているから、傍目には誰よりも
平穏そのもの。何だよこの絵面は。…かくいう俺もテンパってるけど。
「ホルナさん!」
「は、はい!」
ジェレムには悪いけど、少し語調を強くする。彼女から話を聞かないと
状況が進まないから。
「どこかでこいつらの話を聞いたんですよね?」
「は、はい。」
「今のこいつらは心配ありません。こっちの会話もほぼ聞いてません。
俺の天恵の術中なので。」
「ホントかよ?」
「ああ。」
ジェレムが驚いたように言う。けど今はそれを掘り下げる時じゃない。
「だから教えて下さい。どこで何を聞いたんですか?」
「…ついさっき、トイレの前で。」
目を泳がせながらも、ホルナさんは小声でポツポツと説明を始めた。
「彼を待っている間に、扉の向こうの会話が聞こえたんです。誰なのか
もちろん見えなかったけど、今声を聞いて思い当たりました。」
「この連中だったんですか。」
「ええ、間違いありません。」
声に力がこもる。聞き覚え以上に、「襲ってきた」という事実が確信に
繋がったんだろう。…だとすると、どんなヤバい話をしてたんだ。
「で、その内容は?」
「船を沈めるという話でした。」
「え!?」
「は!?」
俺とジェレムの声が重なった。
マジかよ。
予想を超え過ぎだ。
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もちろんホルナさんは、その会話を最初から全て聞いたわけじゃない。
それでも、ざっくり話の要点だけは聞き取っていた。
貨物だか乗客だかは判らないけど、とにかくヤマン共和国に渡られると
マズい何かがこの船に乗っている。港から出航する前の強奪に失敗し、
もう航行中に処分する以外に方法がない。向こうに着いたら終わりだ。
だから、この船ごと沈めてしまえという話になっていたらしい。
「何だその大雑把な凶行は。」
ジェレムが呆れ顔で呟く。…うん、俺も全面的に同意である。
雰囲気から見るに、この四人が船と運命を共にするとは全く思えない。
何かしら…と言うか、救命ボートで脱出する算段だったに違いない。
だったらその時にその標的も一緒に連れ出せば、そんな狂気じみた事を
しなくても済むじゃないか。何か、感じる狂気がどこか薄っぺらいぞ。
「それで方法は?」
「そこはよく聞こえませんでした。でも、時間がどうのと言ってて…」
「時間ね。」
ここまで具体的な内容を聞ければ、四人への質問で裏は取れるだろう。
しかし、それをするまでもなくほぼ手段は思い至った。
要するに、爆弾で船底にでかい穴を開けるか、機関部を破壊するかだ。
すぐに思い至る自分が、少し怖い。
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とんでもない話になったけど、幸い実行犯は既にここで一網打尽だ。
呑気に休憩していた事を考えると、そんなにすぐに起爆する気はない。
楽観が過ぎるのかも知れないけど、とにかく今はそう考え落ち着こう。
よし。
「おい、俺の声が聞こえるな?」
俺は、リーダー格と思しき女にそう問いかけた。
「聞こえるなら頷いて見せろ。」
言い終わると同時に頷いた。よし、ちゃんと【魔王】は発動してる。
ジェレムもホルナさんも驚いてる。まあ、今はちょっと流してくれよ。
「俺の質問に答えろ。いいな?」
もう一度頷いた女に、おれはぐっと気を引き締めて問いかける。
「爆弾を、どこに仕掛けた?」
「知らない。」
「え?」
ホルナさんが訝しげな声を上げる。いや、俺も気持ち的には同じだ。
何でこいつが知らないんだ?
「じゃあお前。どこに仕掛けた?」
「知らない。」
隣の男もやっぱり知らないらしい。同じ質問を他に二人にもしたけど、
結果は同じだった。どうして全員が知らないって話になるんだよ!
…………………………
あれ、ちょっと待てよ。
決めつけてかかったけど、そもそも本当に「爆弾」を使うんだろうか。
俺が勝手に決めつけているだけで、的外れな可能性も普通にあるんだ。
そもそも計画がそっちでなかったとすれば、訊いて答えるワケがない。
本当に知らないんだから。
くそっ!
己の間抜けさにも腹が立つ。けど、それじゃあどう問えばいいんだよ。
具体的な質問でイエスノーを問う。それが一番確実な手段なのに…!!
…………………………
いやいやいや、ちょっと待て。
落ち着け俺。
まずはこいつらに確認を取れ。
「爆弾を仕掛ける計画なのか?」
「そう。」
「「え!?」」
ジェレムとホルナさんの驚きの声が重なった。息が合ってるなあ二人。
いや、それはどうでもいい。
少なくとも、爆弾という仮定自体は的外れじゃなかったらしい。なら、
もうちょっと絞れるはずだ。ええとつまり…こいつら四人は、この船を
沈めようとしている。その方法は、爆弾を使った破壊。しかし現時点で
仕掛けた場所を知らないらしい。
いや、最後の「らしい」がどうにも分からない。知らなくてどうやって
船を沈める気なんだよ。少なくとも方法が決まってるのなら、危険物の
管理くらい誰かが…
「あっ!」
そこでホルナさんが声を上げた。
何だどうしました?何か思い出した事でもあるなら、話して下さい!
「…そう言えば、彼女と喋っていた人物がいました。女性が!」
「えっ!?」
もう一人の女?
つまり実行犯は、この四人だけじゃないって話なのか!?
「おい。」
そこでジェレムが、低い声で四人に問いかけた。
「いま爆弾を管理してるのは誰だ。答えろ。」
「「「「グリッテ」」」」
「え?」
ジェレムの言う事を聞いたのは少し驚いたけど、声を揃えて即答かよ。
って言うか、そのグリッテってのは誰なんだ一体!!
刹那。
不意に何かの気配を感じた。ハッと向き直ってみれば、一人の女性が
物陰からじっとこっちを窺ってる。その視線は明らかに俺たち四人では
なく、捕虜の方に向いていた。
まさか。
「あいつがグリッテなのか?」
「そう。」
やっぱりか!
刹那。
ダン!
弾かれたように正面へと向き直り、女はいきなり走り出した。
ジェレムたちが慌てて追いかける。
くそっ!
本命はまだだったのかよ!!