容赦ない一撃
そうだったそうだった。
確かにあの時、彼女がホルナですと名乗った憶えがある。思い出した。
色んな事を話してくれたけど、正直あの時は偽造貨幣の印象が強くて
細かい話の内容を憶えてない。まあ責任はジェレムにあると思うし…
…それにしても、今ではもう彼女はジェレムの「婚約者」なんだな。
何と言うか、色んな意味でけっこう感慨深い。色々と話を聞きたい。
しかしその前に…
「どうしたホルナ?」
「…う、うん…」
「船酔いでもしたのか?」
「…………………………ううん。」
やっぱりジェレムの目にも、彼女の今の姿は明らかにおかしいらしい。
とにかく落ち着かせて、椅子のある談話スペースに連れて行く。確か、
コーヒーも飲める無人カウンターもあったはずだ。少なくともそこなら
俺も商売的な本領が発揮できるかも知れない。…当初の目的ってものが
完全に吹っ飛んでるけど、とにかく今はこっちの話を聞いた方がいい。
直感がそう言ってる。
しかし。
そこは間違っても、落ち着ける場所ではなかった。
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先客がいるな。男三人に女一人か。何と言うか、揉めそうな構成だな。
くだらない事を考えつつ、コーヒーカウンターを探す。あ、あっちか。
ジェレムがホルナさんを座らせた事を確認し、コーヒーを取りに行く。
途中、四人連れのすぐ隣を通った。
「ちょっと失礼しますね。」
「ん?…ああ。」
一番大柄な男が、不愛想な声でそう答えた刹那。
「ヒッ…!」
ホルナさんが小さな声を上げたのがはっきり聞こえた。視線を向けると
明らかにさっきより青くなってる。突然どうした!?…とは考えない。
今のこの状況を見れば、俺にだってシチュエーションは想像できる。
要するに、ホルナさんはこの四人の何かしらを見るか聞くかしたんだ。
いや、このタイミングでという事は男の声で察したのか。つまり何かを
聞いたって事だな。
そんな推測を組み立てている一瞬のうちに、四人がホルナさんの方に
目を向けて立ち上がる。明らかに、彼女に何かしら手出しをする気だ。
もう一度声をかけようとする間さえなく、四人は彼女へと歩み寄る。
「…何だお前ら?」
さすがにその気配を察したらしく、一緒に座るジェレムが言い放つ。
しかし四人には、まともに話をする気などない。態度で確信できた。
危険を察したジェレムたち二人が、パッと椅子から立ち上がった刹那。
シャッ!!
「!?」
先頭を切り二人に歩み寄った女が、懐から取り出したナイフをいきなり
ホルナさんへ突き立てた。そこまで容赦ない行為はさすがに予想外だ。
俺は全く展開に追いつけなかった。
と、その瞬間。
ホルナさんの体を引き寄せて凶刃をかわしたジェレムが、空いた左手で
相手の女の袖に触れたのが見えた。
ガキィン!!
「ぐアッ!?」
一瞬の間を置いて、女の袖は金色に変化した。と同時に一気に収縮し、
彼女の上半身を激しく締め上げる。あっという間に服は拘束具と化し、
バランスを失った女は倒れ伏した。
「何だ!?」
「野郎、天恵持ちか!!」
「構うな、やれ!」
目の当たりにした残りの男三人が、殺気立った声を口々に上げる。
あらためて、ジェレムがホルナさんを背に庇って表情を厳しくした。
刹那。
バシャッ!!
「うおッ!?」
「何だァ!?」
「熱いィ!!」
三人の上げた悲鳴が、再び重なる。背後からぶっかけられた熱湯の、
あまりの熱さに耐えかねて。いや、正確に言うとコーヒーだ。もちろん
かけたのはこの俺だ。いくら何でもこれ以上、ボーっと見てはいない。
「何しやがんだアアァァァ!!!」
怒声と共に振り返った三人の体から立ち上る、蒸気の如き悪意の影。
単純な奴はこれだから助かる。
「動くな。」
ガキィィン!!
ここまで影が濃ければ、【魔王】の格好の餌食だ。中途半端な体勢で、
三人はまとめて彫像と化した。
なんか久し振りだな、こういうの。
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とりあえずひと言煽り、倒れていた女も【魔王】の術に墜とす。しかし
見事に服が体を縛ってるな。これが【錬金術】の応用か、さすがだな。
「大丈夫だったか?」
「ああ、どうにか。」
「あ…ありがとうございました。」
やっとホルナさんからまともな言葉を聞けた。少しは落ち着いたのか。
しかし、この四人は一体何なんだ。あの容赦のなさの理由は何なんだ?
とは言え、今の時点でも分かる事はある。少なくともこいつら四人は、
無差別に人を襲うとかそういう類の奴らじゃない。俺が最初に見た時、
そんな殺気立った感じはなかった。という事は、やはりホルナさんが
何かしらヤバい事を耳にしたんだ。それを察して襲ってきたんだろう。
だったらもう本人に訊くしかない。
【魔王】の天恵は自白もさせられる反面、あまりに漠然とした問いだと
答えが返って来ない可能性が高い。ある程度まで具体的に質問の内容を
絞らないと。ならとにかく、事情を知ってそうなホルナさんに訊こう。
恐らく、急いだ方がいい。
相変わらず張り詰めっ放しの彼女の表情が、それを雄弁に語っていた。