幼心に残る姿
「すごい人だな、やっぱり。」
「そうだね。」
いつも静かなイェールニー霊園は、今日ばかりは人であふれていた。
言うまでもなく、エイラン・ドールの埋葬がこれから行われるからだ。
国中のファンが、可能な限りここに集ったんだろうなと思う。
やっぱり愛されてたんだなあ。
それにしても…
「またこれ着る事になるとはね。」
「クリーニングしたてだから、まあいいと言えばいいけどな。」
そう言い合って、あたしとトランは苦笑を交わす。
お爺ちゃんの葬儀で着てた喪服を、こんな早くまた着る事になるとは。
何があるか分からないなあ、本当。
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昨日の午後。
「…本当に誰も見なかった?」
「だからそう言ってるだろ。」
おかしい。
入れ違いとか、そういうタイミングではなかった。間違いなくあの子は
トランが入って来たのと同時に店を出たはずだ。よそ見してたわけでも
別の事をしてたわけでもないから、その点に関しては確信がある。
もはや忽然と消えてしまったとしか考えられない。
突拍子もない考えではある。でも、思い返せば現れた時もそうだった。
何の前触れもなく、あの子は唐突に店の中に現れていたんだった。
「…つまり幽霊とかそんなのか?」
「違う違う。そんなのじゃない。」
むしろそんなのだったら嫌だ怖い。
少なくともあの子には、そういったおどろおどろしい気配はなかった。
何の変哲もない、特徴と言えばあの三つ編みくらいの…
うん?
三つ編み?
「おい。」
「え?」
「これはどっから来たんだ?」
言いながらトランがカウンターから摘み上げたのは、あの子が最後に
置いていった丸い何かだった。正直ちょっと存在を忘れてた。
「その女の子が帰り際に置いてったものだけど…もしかして金貨?」
「ああ。…しかもこれ、記念コインらしいぞ。」
「記念?何の?」
「ええっと…」
刻印された小さな文字を読んでいたトランが、やがて目を見開く。
「…驚いたな。これは『三つ編みのホージー・ポーニー』初版発売から
十周年の時に作られたものらしい。通し番号も入ってる非売品だぜ。」
「えっ?それ凄い貴重品なんじゃ」
「ああ。40年近く前のレア品だ。しかも、打刻された番号が001。
たぶん、原作者に配布されたはずの1枚って事になるぞ。」
「ええぇぇ?」
「001」って事は、百枚単位しか作られてない事になるの?
そんな貴重品をどうしてあの子が…
「あっ。」
「どうした?」
「もしかしてあの子…」
「心当たりがあるのか?」
「うん。」
頷いた瞬間、小さな確信が生じた。
どっかで見た事がある、と思った。だけど会った事は一度もない。
少なくとも、この現実では。
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もうすぐ3時だ。
ザワザワと騒がしい中、あたしたち二人はその人ごみから少し離れる。
ちなみに、指輪は既に着けている。きっとこれが大事だと思ったから。
「…どうだ、いるか?」
「うーんと…」
目を凝らしたものの、人が多過ぎてよく判らない。もっと高台に行けば
一望できるんだろうけど、あいにくこの霊場にそんな場所は見当たらな
「来てくれたんですね。」
「うぇッ!?」
「痛てっ!!」
いきなりすぐ傍から声をかけられ、あたしはまた驚いて飛び上がった。
その拍子に、隣にいたトランと頭をぶつけてしまった。
「ご、ごめ…!」
「急にどうしたんだよ。」
「それは…」
言いながら、あたしはトランの目が彼女を捉えていない事に気付いた。
…やっぱりあたしにしか見えてない存在だったんだ。
だけど、今はとにかくこっちだ。
「お招き頂きありがとう。」
「こちらこそ、ようこそ。」
「…誰と話してるんだ?」
「昨日言ってた子だよ。今あたしの目の前に立ってる。」
「マジかよ?」
やはり姿を捉えられないトランの顔を笑いながら見て、三つ編み少女は
あたしの指輪を指し示した。
「その手を繋げば、きっと見えると思いますよ。」
「分かった。」
迷わず答え、あたしはトランの手を握った。
「?どうし…」
途中で言葉を途切れさせたトランの目が、何かを捉えて見開かれる。
視線の方向から、目の前にる彼女を捉えたのは明らかだった。
「見えた?」
「……ああ。」
「こんにちは。」
「聞こえた?」
「ああ、どうもこんにちは。」
お爺ちゃんの指輪、やっぱり凄い。
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傍から見れば、あたしたちは虚空に向かって話すおかしな人間だろう。
さいわい、こっちに注目してる人はほぼいない。小声で話せばOKだ。
「…じゃあ、これは君が持ってきたものなのか?」
「ええ。分かってもらえました?」
トランが出した記念コインに視線を向け、少女はにっこりと笑った。
「エイランが大事に仕舞っていた、思い出のコインです。」
「やっぱりそうなんだ。」
漠然と、それでいてはっきりとした確信が芽生えつつあった。
きっと問えば答えてくれる。そう、「あたしたちが知る彼女」ならば。
「ねえ。」
「はい。」
「あなたはお爺ちゃんの天恵宣告で現出したホージー・ポーニー本人。
そうなんだよね?」
「ええ、そのとおりです!」
即答した彼女は。
ホージー・ポーニーは、顔いっぱいの大きな笑みを浮かべた。
ああそうだ。
あたしたちが思い描いていたのは。
間違いなく、彼女だったんだ。