キッチンカーは海を渡る
やれやれ、どうにかなった。
オラクモービルを所定の位置に無事停車させ、俺は大きく息をついた。
ホバークラフトだの何だの、理解の及ばない提案をあれこれされた挙句
「やっぱり空飛んでいく?」だよ。最近、タカネが雑になって来てる。
本人いわく「タクミ化」が進んでる影響なんだそうな。…難儀だなあ。
空飛ぶ車って、確かに少し憧れる。カッコいいファクターだとは思う。
だけど実際にやったら、多分かなり取り返しのつかない事になる。
どうにかして、真っ当な方法で海を越えられないものか。俺はひたすら
それを切望した。
結果的に【魔王】で多少のゴリ押しをする事になったけど、まあいい。
天恵をどう使おうと勝手だと、常々ローナが言ってるんだからいい。
いい事にする。
というわけで、今は海の上である。しかもヤマン共和国への直行便。
何事も、案外何とかなるもんだな。
================================
カーフェリーというのは、その名の通り自動車を運搬する船舶の事だ。
近年はかなり大型化も進んでおり、オラクモービル程度ならそれなりに
普通に乗れる。まあ駐車スペースはかなり窮屈になるけど。
『何と言うか、この世界もなかなか不条理なルールがあるわよね。』
「やっぱりそうなの?」
「まあな。」
興味深げなタカネと、あんまりよく分かってなさそうなネミル。確かに
この世界のルールは不条理だよな。このあたりはローナも言ってるか。
ちなみにローナは、何故か船酔いが嫌いらしくこの航海には不参加だ。
上陸してから合流するらしい。いや恵神が船酔いって何なんだよ。
まあいいか。
タカネが言う不条理とは、要するにこのカーフェリーの事だ。異世界の
視点から見て、かなり色んな意味でちぐはぐな代物らしい。他で言えば
変速自転車に近いんだとか。
確かにそうだ。自転車と違い、このカーフェリーってのは歴史的観点で
かなり変なものだと言われている。
何がどうおかしいのか。それは実に簡単な話である。
「自動車ごと海を渡る船舶」という概念の乗り物であるにも関わらず、
このカーフェリーという奴はやたら歴史が古い。起源を辿っていくと、
明らかに自動車そのものがまだ存在しなかった時代から就航していた。
いや何でだよ。
昔のカーフェリーは、馬車なんかを運搬していたらしい。用途としては
別におかしくはないけど、やっぱり根本的な部分がちぐはぐだ。それは
タカネの視点からは明確だそうな。…まあ、この世界にそんな不条理を
いちいち気にする奴もいないけど。
結局、これも昔の人が「異界の知」によって得た概念や技術の結晶だ。
数百年、下手すりゃ千年単位で進歩し続けた異世界のテクノロジーが、
何らかの形でこの世界に天恵としてもたらされる。それが進歩を生む。
バランスが取れていないと、馬車を運ぶカーフェリーという不条理な
光景を生む事になる。何と言うか、確かにまともに考えるとおかしい。
『まあ、天恵なんてものがもれなく授けられるような世界だもんね。』
しみじみ言われると価値観変わる。やっぱり他の世界とかと比べても、
俺たちの生きる世界ってのはかなり特殊なんだろうか…
『いちいち気にしなくていいよ。』
タカネの答えはあっさりしていた。
『自分が生まれた世界を、わざわざ他の世界と比べる必要なんてない。
多少おかしくても、そこには歴史がちゃんと存在してるんだから。』
「よその世界のつまみ食いをしてもいいってのか?」
『面白いじゃない。』
「そうだよね。」
タカネだけじゃなく、ネミルもまた大雑把だなあ、ホントに。
しかし、確かにその通りだ。
俺たちの世界にも、きっちりと長い歴史ってものが存在してる。なら、
異界の知だってその一部だ。それが気になるのは、たまたまタカネや
トモキと知り合ったからだ。だけどそんなのは例外中の例外だろう。
自転車好きとしては、今の世界には何の不満もない。気楽に捉えよう。
…結果的に、この妙ちくりんな車も無事に海に出られた訳だし。
プラス思考は大切だ。
================================
さて。
このフェリーは、ただ海を渡るだけの代物じゃない。ヤマン共和国への
直行路線だ。当然、新婚旅行の時にネミルが乗った船よりも航行時間が
長い。今日は実質、船中泊になる。これもかなり貴重な経験だろうな。
「…とは言え、窮屈だよね。」
「だよなあ。」
いくら異界の知の結晶と言っても、カーフェリーのサイズはそれほど
大きくはない。駐車スペースも実にギリギリだ。とてもじゃないけど、
航行中にキッチンカーの営業なんかする余裕はないだろう。
「だけど、船内販売自体が無理かと言えば、話は別だな。」
「つまり?」
「この車内で作ったものを持って、船内で売り歩くんだよ。ひと晩とは
言っても、そういったニーズは必ず存在してるはずだ。」
『商売熱心ねえ。』
「滅多にない機会だからな。」
さすがにここにモリエナを呼ぶのは危ないけど、仕入れなら出発の前に
済ませている。物は試しだろう。
「ちょっと訊いてくる。もし許可がもらえたら、ひと商売しようぜ。」
「分かった。あたしも行こうか?」
「いやいや、これは俺だけでいい。のんびりしててくれ。」
「はあい。」
そんなネミルを車内に残して、俺はコンテナから降りた。と同時に、
何とも言えない「揺れ」を感じる。これぞ船って感じだ。ああ、つまり
タカネがオラクモービルそのものを制御して、船の揺れを全て相殺して
くれてるって事なんだな。助かる。
さあて、行ってみようか。