生み出したものの意義
娘の天恵は、大いに希少かつ有益なものだった。さすがは我が娘だと、
その時は大いに誇らしく思った。
実際、娘は実に役に立った。危険な計画を遂行する時にも、娘の天恵は
大幅にそのリスクを軽減していた。神出鬼没は、勢力が心許ない時には
何より強力な手となった。ネイルもエフトポも、娘の力には惜しみない
称賛を送っていたように思う。私も鼻が高かった。
そんな娘も、今はもういない。
ゲイズの死に娘が関わっていた事は後で聞いた。信じられなかったが、
その一方でどこか納得している己を感じてもいた。
娘が笑った顔は、今はもう思い出す事も無くなっていた。もしかすると
最初から見た事さえ無かったのか。真面目にそう考える自分がいる。
私の言う事に逆らった事など、ほぼ無かった。いい子だと思っていた。
しかし娘は、私たちとは相いれない存在だった。具体的な言動ではなく
表情や口調にそんな気配があった。それでも私は、娘が私を裏切るとは
最後まで全く思わなかった。
あの日。
ゲイズが死に、娘がいなくなった。
私の人生からも、モリエナはいなくなってしまった。
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「…あの子が何をしたと?」
「それはお前の方がよく知っている事だろう。違うか?」
「…………………………」
どう言えばいいか、迷った。
ゲルノヤの言っている事の意味は、私の質問とは微妙にずれている。
…いや、本当にずれているのか?
モリエナがこれまでに何をしたか。
そんな事、問われなくても分かる。ある意味、私が最も詳しいだろう。
あの子は本当に、どこにでも赴いてロナモロスの勢力拡大に尽くした。
今さらそれを問うのか。
ロナモロス教は、ある意味今の形を失いつつある。それはひとえに、
モリエナが去ったからだ。私たちがいかに依存していたか、否応もなく
思い知らされた。今もなおネイルは野望を捨ててはいないが、正直な話
自棄になっているとも言える。まああの女は窮地すら楽しむ性分だが。
モリエナは、間違いなくロナモロスの土台を崩した。その事実は決して
揺るがない。あまりにも忌々しい、裏切り者だ。あの子は我々の敵だ。
「ゲルノヤさん。」
気付いた時、私は目の前に座る彼に問いかけていた。
「何だ?」
「もう一度問いたい。」
「何をだよ。」
「娘は何をしたんです?」
「だからそれは」
「私の知らん事を訊いてるんです。そのくらい察して下さい。」
声に苛立ちが混じった。ゲルノヤはちょっと驚きの表情を浮かべる。
無理もない。捕縛されてから今日に至るまで、私が声を荒げた事など
ただの一度もなかったから。
私の事なんかどうでもいい。どうせもう終わった身だ。興味もない。
訊いているのは、モリエナの今だ。過去じゃない。私たちから離れて、
あの子は何をしていたのか。それを聞かせてくれ。
「天恵を使って、何かしらの犯罪を犯したとかですか。」
「いいや、違う。」
先ほどの無礼を流したゲルノヤは、私の問いに普通に答えてくれた。
世間話をするような何気なさで。
「どちらかと言うと人助けだ。負傷した者たちを病院まで運んだ。」
「人助け…」
不意に笑いそうになったのを何とか堪え。私は天井を仰いだ。
ゲルノヤはいかにも怪訝そうな表情だったけど、それはどうでもいい。
いや、とりあえず大目に見てくれ。
何だろうな。
これほど晴れやかな気持ちになったのは、ずいぶん久し振りだ。
囚われたから鬱屈しているだとか、そんな事を言いたいんじゃない。
いつかこんな日が来るかも知れない覚悟は、とっくにできていたから。
はっきり言って、もうロナモロスもネイルもどうでもいいから。
私が何も話さないのは、私自身への意地。理由はただそれだけだった。
我が身可愛さから同志を売るとか、そんな解釈は絶対に嫌だったんだ。
そんなくだらない人間にだけは、絶対になりたくなかったってだけだ。
いやはや。
それこそがくだらない理屈だな。
まさかそれを
娘に教わる事になるとはな。
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「娘に、ロナモロス教の人間という肩書きを持たせるのはやめてくれ。
頼む。」
「…どうしてだ?」
「あの子は私やネイルたちの命令に従っていただけだ。それは確かだ。
私が命にかけて保証する。」
「何で今さら、そこまで娘の体面にこだわるんだよ。」
さすがにゲルノヤも困惑している。当然だろう。私の豹変を見ればな。
だが、そんな事などどうでもいい。私の話をちゃんと聞け。
「娘は自分の意志で教団を去った。恐らくは嫌になったんだろうよ。
実の親である私さえも見捨ててな。その気持ちは、今なら分かる。」
「…どう分かるんだ?」
「今の娘が人助けをしているなら、それは紛れもなく娘が天恵を使って
やりたかった事なんだよ。それこそ娘の偽らざる本心の発現だ。だから
今の娘をロナモロスと紐づけるのはやめてくれ。それだけが願いだ。」
「何をもってそれを信じろと言う。悪いが、嘘と思われて当然だぞ。」
「分かってますよ。」
私は、とうとうほんの少し笑った。何だか、たまらなく可笑しかった。
そして嬉しかった。
「知っている事、何でも話そう。」
「何だと」
「どうせ私はくだらない人間だよ。いや、ネイルたちもそうだった。」
口に出してみると、悲しいほど呆気なくストンと腑に落ちる言葉だな。
我ながら情けないと言うか。しかしもう、そんな事などどうでもいい。
私は何も生み出せなかった人間だ。神託師の仕事など、お笑い草だ。
ただ生きて、ただ不毛な混乱だけを世界に撒き散らす一端だった。
だけど。
モリエナは、私の実の娘だ。
その事だけは誇りたい。
見捨てられた今だからこそ、勇気を出して私を捨てたあの子を誇る。
誰かのために何かしたいと、ずっと思っていたのなら。
あの子は、親不孝なんかじゃない。私が娘不孝だったってだけの話だ。
何も成せなかった私だからこそ。
何かを成そうとする娘の前途だけは守りたい。どんな形であってもだ。
私はモリエナ・パルミーゼの母だ。
せめてそれだけは、胸を張って人に告げたいと思うから。
「分かった。とにかく話を聞く。」
「何から話そうかね。」
憑き物が落ちるってのは、こういう事なのかも知れない。
何とも唐突に、生きる目的がひとつ湧き出してきたからね。
その前に…
「すまないが。」
「何だ。」
「食事していいか?」
「…………………………」
悪いね。
急に腹減ってきたもんで。