グリンツ・パルミーゼの尋問
「また食事をしなかったそうだな。いい加減、体に障るぞ?」
「ご心配頂く身分ではありません。どうぞお構いなく。」
「そうは行くか。」
単調なやり取りだ。
もう何度繰り返したか、思い出す気にもなれない。
もともと私は少食だ。今さら食事がどうのと言われる筋合いはない。
飢えて衰えて死のうが、それが何だと言うんだか。
彼も大概に辛抱強い性分だな。
こんな生産性の欠片もない尋問に、どれだけの時間を費やすんだか。
私が死ぬまで、ずっと繰り返す気でいるのかも知れない。だとすれば、
どっちにとっての拷問なんだろう。まあ、もはやどうでもいい話だ。
あれこれ話す気はない。
ネイルへの義理立てだとか、そんな高潔な覚悟も持ってはいない。
見捨てられた事への怒りもないし、恨み言も湧いてこない。もう私は、
色んな意味でほぼ終わった人間だ。誰かのために何かする気もない。
神託師なんて、所詮そんなものだ。
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今いるここがどこなのか、正確には知らない。ずっと知らないままだ。
私のような危険人物に、おいそれと自分の居場所を把握させるわけには
行かないのかも知れない。その点は私にも理解できる。
そして目の前にいるのは、ゲルノヤとかいう騎士隊の人間だ。おそらく
隊長格だ。この男は、私を辛抱強く尋問している。貧乏くじ引いたね。
飽きるほど顔を合わせてきた間に、そんな同情心さえも芽生えていた。
あの日。
イグリセ王国脱出の準備をしていた私は、騎士隊の若者に捕らわれた。
聞いた話では、私を捕らえたその男はゲルノヤの部下だ。つまり女王の
飼い犬である。もはやそこまで話が及んでいるのかと、肝が冷えた。
しかし、その後の心には波風なんか立たなかった。
私は確かに、ロナモロス教に対して色々と便宜を図っていた。その事を
今になって言い訳する気などない。オレグストが来てからは、役に立つ
天恵の持ち主に宣告し続けた。今にして思えば、恵神ローナに対しては
これ以上ないほど失礼な行為だったかも知れない。ロナモロス教団を
あそこまで強大な組織にしたのは、間違いなくこの私だろう。
だけど私には、戦う力など何ひとつ備わっていない。ただの神託師だ。
今までどんな事をしてきたんだ、と問われれば、「自分の仕事」としか
返しようがない。たとえどんな立場だったとしても、そこに恵神への
背信などは何もない。名ばかりだと偽っていたのは事実だけど、今でも
そんな神託師はいくらでもいる。
ロナモロス教団に加担したのは事実だ。その点はもう、何も言わない。
そしてもう、私の人生に語るべき事など何もない。それもまた事実だ。
飢えようが死のうが、放っておいてくれ。
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「モリエナ・パルミーゼ。」
「…………………………」
「お前の娘だ。忘れたってわけでもないだろう?」
「ええ。」
そう言ったゲルノヤは、あたしの前に一枚の写真を置いた。紛れもない
我が娘だ。で、これが何か?
「居場所に心当たりはないか?」
「家出した娘の居場所なんて、私に分かるわけないでしょう。」
「行きそうな場所の心当たりは?」
「あり過ぎて絞れませんよ。」
思わず、少しだけ笑ってしまった。
あの子の天恵は知ってるだろうに、何を間の抜けた事を訊いてるんだ。
「あの子に限って言えば、この世界のどこかとしか見当がつきません。
その理由は、言うまでもありませんよね?」
「ああ、それはもちろん承知だ。」
小馬鹿にしたような私の言葉にも、ゲルノヤは起こる気配がなかった。
と言うか。
何で今さらモリエナ?
「娘に何か用ですか?」
「もちろん、ロナモロス教が今までやって来た事の関連だ。」
「…………………………」
何だろう。
妙にモヤモヤする。
私ならともかく、どうしてあの娘にそこまでこだわるんだ。
ただの運搬係に過ぎなかった、あの親不孝な娘に。
ああ。
そうだ。
あの子は親不孝だ。
他の誰よりも。
だけど。
それをあたしが言うのか。
何だろう。
何故だろう。
今になって、やけに心が焦げる。