表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
415/597

それぞれが選ぶ道

一瞬、ちょっとヒヤッとした。


もしこれが本当に教皇女ポロニヤの天恵だとすれば、明らかに本人の

知らない間に無断で天恵を見ているはずだ。それを本人が聞いてるのに

ポロッと口にしていいのかよと。


しかし、どうやらそれは杞憂だったらしい。おなじみの発光もないし、

教皇女の天恵が実際に覚醒した気配もない。まぁ考えてみれば当然か。

天恵の宣告というのは、それなりに荘厳な儀式だ。宣告する神託師も

宣告を受ける本人も、「その気」で臨む必要がある。何かの拍子に偶然

聞いたとか、そういうノリではまず覚醒には至らない。


ネミルも、そのあたりはきっちりと考慮してたんだろう。



とりあえず、そう思っとこう。


================================


しかし、現状はなかなか劇的だ。


ネミルが言った事が全て本当なら、もはや教皇女に天恵を宣告したのと

あまり変わらない。普通ならかなりルール違反と言えそうな状況だが、

その状況自体が特殊だ。正直な話、ここからは何が正解か分からない。


「タカネ…」


言いかけた俺は、ふと口をつぐむ。多分聞こえたはずだけど、タカネも

問い返してはこなかった。おそらく俺が何を言おうとしたのか、そして

なぜ最後まで言わなかったかまでを察したんだろう。


察してくれたなら、助かる。

俺はまずネミルの意思を尊重する。そう決めたから言いかけてやめた。


俺だって、神託師の連れ合いだ。

ずっと一緒に生きていく覚悟なんてとっくに固めてる。

ならば、こういう局面でもネミルを信じて任せる度量は必要だ。



後の事は、後で考えよう。


================================


しばしの沈黙ののち。


「……本当に、それがあたしの天恵なんですか?」


少しうわずった声でそう言ったのは他でもない、教皇女本人だった。

その視線が、まっすぐネミルの方に向く。真っ向からそれを見返し、

ネミルは粛々と答えた。


「そうです。…すみません、無断で覗き見るような事をして。」

「いえ…」


教皇女はただただ戸惑うばかりだ。無理もない。状況が特殊過ぎる。

さっきネミルがやってのけたのは、言ってみれば彼女の天恵の代行だ。

目の前でデモンストレーションなどやられては、誰だろうと困惑するに

決まってる。ましてやこんな特殊な天恵なら、困惑も深いだろう。


そもそも、自分の天恵を宣告の前に知るという状況そのものが特殊だ。

オレグストも大概にイレギュラーなシチュエーションを繰り返してきた

男だけど、ネミルのはそれ以上だ。倫理的に大丈夫なのかさえ怪しい。

ルトガー爺ちゃんの作った指輪は、恵神でさえ想定外の代物だから。

そこまで特殊だからこそ、今のこの状況への答えは俺たち自身が出す。

正解かどうかなど、これからの行動次第で決めるしかないだろう。


そこでネミルが、初めて俺に視線を向けた。明らかに何か問うていた。

何も言わなくても、ネミルの思惟ははっきりと伝わった。だから俺は、

いつも通りの顔で大きく頷いた。



どこまでもつき合うよ、と。


================================


最終的な選択は、教皇女本人の心に委ねられる。順番は滅茶苦茶だけど

そこはしっかり線引きする。傍らで聞いているアースロたちも、これに

異は唱えなかった。


長い沈黙ののち。


「…じゃあ、お願いします。」


ネミルを見つめる教皇女の声には、もう困惑の響きも震えもなかった。

少なくとも、そこに宿る決意は本物なんだと確信できた。

頷くネミルも、もうそこまで厳しい表情ではなかった。


そうだよな。

天恵の宣告は厳かな儀式だ。けど、難しい顔をしてる必要なんかない。

これからの人生を切り開くための、一大イベントなんだから。

いつも通り、明るく行こうぜ。


「ポロニヤ・ネメット・マルコシムさん。」


落ち着いた声で、ネミルは言った。


「あなたの天恵は【リセット】です。」


================================

================================


「へえぇ、そんな事あったんだ。」


その夜遅く。

やって来たローナに、俺たちは昼の顛末を話した。さすがのローナも、

教皇女の天恵が【リセット】だった事実に大いに驚いた。


「何となく見る機会が無かったし、無闇に見ようとも思わなかった。

だけどまさか、そんな激レア天恵の持ち主だったとはね。」

「ええ。」

「俺たちも驚いたよ。」


ポーニーも含めて、教皇女との縁は割と深い。しかし今日に至るまで、

彼女の天恵を見るといった話は全く無かったのである。考えてみれば、

ちょっと不思議だった。とは言え、マルコシム聖教の教皇女なんだから

当然と言えば当然だったんだけど。


「でも実際、もうマルコシム聖教は消滅しちゃってますから。」


何となく開き直ったような口調で、ネミルがそう言った。


「今さら教皇女でもない。それに、あの二人は動くと決めたんですよ。

だったら、天恵を得るという選択も無くはないでしょう。」

「確かにね。」


その言葉にあっさり頷くローナに、これと言った負の感情は見えない。

何だか、それが嬉しかった。


教皇女たち四人は、イグリセを発ちタリーニ王国へと向かうらしい。

やっぱり、聖都グレニカンがどんな状況なのかを把握したいんだとか。

その方針に、俺たちはあえて意見はしなかった。そのまま見送った。

ちなみにあの元・天恵持ち四人は、モリエナに遠くの病院へ「送って」

もらった。そこそこ事情を知ってる病院だから、心配はないとの事だ。

この街にある病院に放り込むより、その方が後々いいだろうと考えた。

本人たちは大変だろうけどな。


要するに、ローナが来る前に今回の話はほぼ終わらせていたって事だ。


ネミルが「種明かし」した時点で、俺はタカネに頼んでここにローナを

呼ぼうと思った。しかしその考えをあらため、最後まで呼ばなかった。

紛れもなく俺の意志で、恵神ローナ抜きで話を進めようと決めた。


細かく考えなくても、すぐ分かる。

【リセット】の天恵を持つ教皇女とネミルがもしも一緒に行動すれば、

かなり万能の存在になれるんだと。


自由に相手の天恵を宣告前の状態に戻せる力と、未宣告の天恵を自分で

使う事が出来るネミル。その二人の組み合わせなら、俺たちの目的にも

思いきり合致する。達成への大きな足掛かりになるのは間違いない。


けど、俺たちは教皇女本人の選択を尊重した。そうすべきだと思った。

たとえ自分たちの目的が近づこうと遠ざかろうと、関係ないと思った。

そんな事のために、教皇女の未来を縛るような事はしたくなかった。

彼女たちには、自由な存在であって欲しいと本気で思った。


これは、ローナに委ねるべき話じゃない。それは絶対に確かな事だ。

たとえそれで、俺たち自身の苦労がまた積み増されるのだとしても。

手前勝手な都合で、教皇女の天恵を「利用」するなんてのは嫌だった。


誰がどんな天恵を得て何をするか。そんなのは、どこまでも本人次第。

他でもないローナが、事あるごとにそう言っていたはずだ。だからこそ

俺たちはそれに則って選んだんだ。


他でもない。



俺たち自身の意志で。


================================


「いいんじゃない?」


そう言いながら小さく肩をすくめ、ローナはフッと笑った。


「あたしもその方がいいと思う。」

「本当か?」

「もちろん。」


即答だった。


「確かに便利だったかも知れない。それは否定しない。だけどあたしは

そんな便利なんかいらないって事。もともと想定してなかったしね。」

「そうだよな。」

「ですよね。」

『やっぱりね。』


俺とネミルも、笑い返して答える。もし体があったら、きっとタカネも

笑っていたに違いない。少なくともそれは確信できた。


そうだ。

俺たちは、そんな感じでいいんだ。

後悔するかも知れないけど、それはそれで乗り越えていけばいいだけ。

いちいち気に病まず、前だけ向いて突き進めばいい。


きっと教皇女たちもそうするから。

また会える日も来るだろうから。


「ここまで来たんだ。もうさっさと海を渡ってネイルに会いに行こう。

話は早い方がいい。」

「そうね。」

「だね。」

『行きましょう。』


最後の最後に、かなりとんでもない天恵宣告はあったけど。

俺たちは俺たちの道を行く。



さあ、目指せヤマン共和国。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ