天恵を持つ襲撃者
まずい。
ここまでストレートな「戦闘特化」の天恵持ちは初めてかも知れない。
知識としては知ってたけど、実際に見る機会なんてこの時代には滅多に
巡ってこない。それほど天恵宣告は世界的に廃れてるんだよ。
実際に力を行使したのは【火球】の男だけだ。でも見た感じ、他三人も
何かしらそれ系の天恵を持ってる。人を見る目だけは商売柄、やたらと
磨かれてるんだよ悲しいかな。
「何だ、露店か?」
左端に立つ男が、こちらを見ながら興味深げな言葉を放つ。どうやら、
俺たちの事は何も知らないらしい。つまり、完全に教皇女たち狙いか。
ラッキーとか言える状況じゃない。ここで俺たちだけ逃げるってのは、
いくら何でも情けなさ過ぎる。
だけど、じゃあ実際どうする。
率直に言って、ガチでぶつかったとしても多分負けない。何と言っても
こっちにはタカネがいる。ゲイズを瞬殺できる彼女ならば、この程度の
天恵持ちは片手間で倒せる。決して甘過ぎる見立てじゃないはずだ。
しかし、ここでその衝突はまずい。チラと周囲に目を向ければ、やはり
それなりに人がいる。襲撃してきた連中が天恵持ちだというのは、既に
認識されているだろう。誰もが皆、遠巻きの物陰から窺っている状況。
ここで異能全開の戦いをするのは、どう考えても後で問題になる。
認めざるを得ない。この街に対し、俺たちは認識がかなり甘かった。
モリエナからかつての根城があった事は聞いていたものの、現状では
ほぼ撤退済みだろうと高をくくっていたのである。しかし実際には、
こんな天恵持ちが当たり前のように残留していた。
つまり、目の前にいる四人を倒せば終わりとは限らない…って事だ。
遠巻きのギャラリーの中に、教団の人間がいないとも限らない。なら、
こちらの力を見せつけるのはかなりリスクが高い。巡り巡ってネイルに
警戒されたら、目的の達成が大きく遠ざかってしまうだろう。
相手は、まだ動いてはいない。
火の玉を防いだ力への警戒なのか、それとも人数を頼んだ余裕なのか。
どっちにせよ、この膠着はそれほど長くは続かないだろう。
どうするんだ、実際。
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「俺たちが用があるのは、そっちの女だけだ。」
【火球】の男が、言いつつ教皇女にあらためて目を向ける。やはりか。
「別に殺したりはしない。だから、大人しく引き渡せ。俺たちだって、
こんな場所で暴れたいってわけじゃないからな。」
「…………………………」
俺たちは、誰も答えられなかった。
やっぱり状況はかなりまずい。
いきなりの火の玉は凶悪だったが、こいつらは意外と冷静で慎重だ。
と言うか、本当に教皇女を確保する事以外あまり考えていないらしい。
ここで暴れる事のリスクもきちんと考慮している。ぶっちゃけて言うと
意外なほど「話の分かる」連中だ。オレグストに命令されて来たという
事は、いずれも彼が鑑定眼で天恵を見たんだろうな。
強者の余裕と言うべきか、とにかく彼らには俺に対する悪意がない。
教皇女の知り合いだという事自体は気付いてるんだろうけど、それでも
「どいてろ」程度の認識しか持っていないのが判る。それも鮮明に。
今の彼らを、【魔王】で無力化するのはかなり難しい。…と言うより、
かなりリスクが大きい。俺に対して悪意を持っていない以上、どうにか
煽って怒らせるしかない。しかし、この状況でそれをやると、拘束前に
天恵による攻撃が飛んでくる可能性が高い。それは【魔王】ではとても
防げない。そうなってからタカネが参戦すると、さらに収拾がつかない
状況になってしまうだろう。
「そろそろ答えを聞こうか。」
右端の男がそう告げる。どうやら、タイムリミットが近いらしい。
とにかく俺は、傍らに立つネミルに視線を向け、小声で問いかける。
「…あいつらの天恵、何だ?」
この状況を打開するには、どうにか相手を知って先んじるしかない。
【火球】以外が何なのか分かれば、何かしら手が打てるかもしれない。
さっきネミルは指輪をはめていた。なら、この間に天恵を見て…
「ごめん、今は分かんない。」
「は?」
何だって?
思わず手を見た。確かにネミルは、指輪をはめてる。だったらどうして
天恵が見えないんだ。今のネミルは修練を積んでいるから、四人くらい
一瞬で見極められるだろうに…
…………………………
待てよ。
こいつ「今は」って言ったよな?
焦る気持ちを抑え込み、俺は何とか状況を理解しようと努める。
指輪をはめてるのに、相手の天恵を見る事が出来ない。しかしそれは、
決して初めての状況じゃない。前に何度かあったはずだ。あれは確か…
そうか。
ちょっと忘れていたけど、ネミルは天恵を見てから宣告するまでの間、
その相手の天恵を自分のものとして使う事が出来る。これが出来るのは
ネミルだけだ。他の神託師にはない特別な能力である。
そしてその状態になっている時は、本来の力が使えない。つまり天恵を
見る事が出来ない。コピーした天恵を捨てない限り、その状態のまま。
この能力を駆使して、何度か窮地を切り抜けた事があったっけか。
…だけど、じゃあ今のネミルは一体誰の天恵をコピーしてるんだ?
指輪をはめるところは確かに見た。店を開ける前だ。それ以前は確かに
着けていなかった。…だとすると、ほんの短い間に接した誰かだ。
「おいネミル、お前…」
「アースロさん。」
俺の問いかけには答えず、ネミルはアースロに小声で話しかけた。
四人は気付いていない。とは言え、行動を起こすのは時間の問題だ。
しかし俺は、黙ってネミルの言葉を待った。
何を言う気かは、正直分からない。時間の猶予ももうほとんどない。
それでも賭けてみたいと思った。
明らかに何かを狙っているらしい、ネミルに。